「『棄てた人は孤独なだけ・・・』」未来を乗り換えた男 いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
『棄てた人は孤独なだけ・・・』
原作未読、原題『トランジット』 文学性溢れる作家性の強い作品である。そしてかなり観る人の力量が試される様な内容であろう。というのも舞台設定が『架空』であり、現在に於いてドイツが又ファシズムに陥り、ヨーロッパ中を占領しようとしている中でフランスに逃げた亡命者がひょんなことからメキシコへ高飛びを画策する話であり、それだけでもかなり飲み込み難い話ではある。そして輪を掛けてそこで謎の女性が何度も目の前に現われるというサスペンス要素に変化していく。初めの段階である程度時代設定を頭に入れておかないと、実際に映っているシーンでの戦争中というイメージとの乖離がありすぎて戸惑う。なのでなるべく早く思い込みのリセットをしなければならない。それ程の不思議な設定なのだが、その行間というか描かれていない部分を自身のイマジネーションで埋めていくと意外と面白くなる。占領が進んでいるのに市井の人達の変わらぬ生活、しかし忍び寄る不安感が映像にシミとなってぬぐい取れず消せない感じがヒシヒシと伝わる。そもそも正義感の強い主人公が偶然と周りの人間の勘違いから生まれるチャンスを図らずも転がり落ちてくる具合も面白い。妻の名前や遺稿のラストの文節の伏線も、物語とのリンクと相俟って綺麗に回収されているのも良い。
主人公の心情を吐露する件も、まるで死んだ作家が思っているかのような重ね合わせで文学的だ。
そして後半はラブストーリーへと変貌を遂げるというのも興味深い。色々なタイミングで現われるという謎の女で伏線を作っておいての、その女への恋心、しかし物語だからこそ起こり得る偶然の関係性、それ故蟠りが解けず悩む心情もスクリーンに映し出す。
『棄てられた者と棄てられた者、どっちが先に忘れる?』との投げかけも又詩的な響きである。棄てた者は棄てたことに罪悪感とあり得たかも知れない未来への未練、そして寄り添い理解してくれる人がいないことへの同情の皆無故の孤独感に苛まれる。ラストの機雷での沈没というオチも又、強烈なパンチでストーリーを否応なしに盛り上げる良く出来た作りである。カメラのレンズの広角を動かすように、移民問題から恋愛、ファシズムなど、縦横無尽に切り取る演出が面白い作品である。