劇場公開日 2018年12月1日

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「寡黙で力強く、余韻に浸りたい映画」彼が愛したケーキ職人 つとみさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0寡黙で力強く、余韻に浸りたい映画

2024年2月6日
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鑑賞方法:DVD/BD

食べることと愛することは似ている。どちらも生きていくために無くてはならないものだ。
食べることを愛し、自分以外の誰かを愛する。究極に突き詰めると、それこそが人生の意義だと思う。
「彼が愛したケーキ職人」は、この二つの事柄が極上にミックスされた映画だ。

何と言ってもトーマスの作るケーキやクッキーが美味しそうでたまらない。
あまり甘いものは好きじゃないけど、彼が作っている姿を見せられると、ふつふつと「食べたい!」という情動が沸き起こってくるから不思議だ。
ショウガの効いたクッキー、ザーネクレームたっぷりのシュヴァルツヴェルダー・キルシュ・トルテ。心を込めて作ったものを、愛する人が美味しそうに食べる瞬間の幸福。
また、食べたときの味と香りが思い出させる、大事な人の面影。
言葉少なく写し出される光景が、食べ物を通して確かな愛の記憶を刺激する。

社会的な側面で言えば、ユダヤ人とドイツ人の違うようで似ている部分が興味深い。忌憚なく言えば、かつて(あるいは現在も)「生命の優性」を標榜した民族同士。
その中において、思想よりももっと深い部分へ訴えかけてくるものがあるとしたら、それは愛であり、美味しい食べ物なんだろうか。

失った愛の拠り所を求めて、その人の面影を求めたり同化したりする一方で、どうしても愛を受け止めてくれる人を探さずにはいられない。

オフィル・ラウル・グレイザー監督によれば、今作品は「人生とフードとシネマに捧げる人間讃歌」なのだそうだ。
切なくても、傷ついても、やっぱり「愛する」って素晴らしいと、そう思わせてくれる力を私も確かに感じた。
とりあえず今はトーマスの作ったザーネクレームを、一口でいいから舐めてみたい。

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つとみ