「ドイツとイスラエル、ケーキが繋いだ愛」彼が愛したケーキ職人 とえさんの映画レビュー(感想・評価)
ドイツとイスラエル、ケーキが繋いだ愛
とても切ない映画だった
ベルリンにあるカフェでケーキ職人をしているトーマスは、イスラエルへ帰った恋人を不慮の事故でなくしてしまう
その事実に愕然としたトーマスは、彼の故郷であるエルサレムへと向かう…
この映画の背景には、様々な困難がある
ベルリンで出会ったトーマスとオーレンはゲイのカップルであること
そのオーレンには、エルサレムに妻子がいるということ
そして、亡くなったオーレンを追ってエルサレムに降り立ったトーマスはドイツ人であり、ドイツ人は多くのユダヤ人にとって、因縁の相手であるということ
オーレンの妻アナトがトーマスを雇う時、ユダヤ教の厳しい戒律を遵守するアナトの兄が「よりによってドイツ人なんかを雇うなんて」というセリフを吐き捨てるシーンがある
そこには、未だにユダヤ人の中にはドイツ人を憎む人たちがいることが表れている
この映画は、そういった様々な困難を背景に、縁があって巡り合う3人の男女の姿が描かれている
そんな彼らを見て思うのは、人と人が出会って愛し合う時は、人種、ジェンダー、婚姻関係という様々な困難を軽々と超えてしまうということ
愛し合うというのは、理屈でも、肩書きでもなく、素の人間同士が化学反応を起こしてしまうことであり
それは、人種やジェンダーや常識が止められることではないということ
そして、この映画がとても良いのは、そんな彼らを繋ぐのが、トーマスが作ったケーキだということ
昔から「男を落とすには胃袋をつかめ」というけれど
男女問わず、料理が上手な人や、美味しいレストランを知っている人や、パティシエは確実にモテる
舌に残る「美味しい」という記憶は、その時に起きた出来事を一緒に掘り起こす
その町に訪れたことは忘れていても、そこで食べた美味しいご飯がきっかけで、町に訪れたことを思い出すことがあるのは、脳よりも舌が記憶しているからだ
だからこそ、この映画のアナトはトーマスのクッキーを食べてオーレンを思い出し、切なく悲しい記憶が、トーマスを引き寄せるのだ
人の感情とは難しいもので「差別や偏見を持たないでください」と言っても
その全てを消し去ることは、とても難しいし、きっと誰でも、差別や偏見を持ってしまう
その人それぞれに過去の経験もあるだろうし、生まれ育った環境もあるからだ
けれど、そんな困難を軽々と乗り越えられるものがあるとすれば、それは「愛」なんだと、この映画を観て思った
それぞれが、自分の中にある愛と向き合って生きていけば
きっと、ドイツとイスラエルの間にある忌まわしい過去からくる関係も、少しは良い方に改善できるのではと思った
そんな彼らの苦い関係の間に、甘いケーキを持ってきたところが、この映画のステキなところだなと思った
甘くて美味しいスイーツは、どんなに頑なな人の心も溶かすに違いないからだ
ケーキとコーヒーの美味しいカフェで、じっくり味わいながらお茶をしつつ、パティシエと会話をしたら、人生が変わるかもしれない
そんなことを思った映画だった