「フェイク?フェイクのフェイク?そのまた…」天才作家の妻 40年目の真実 しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
フェイク?フェイクのフェイク?そのまた…
ノーベル文学賞を受賞した夫ジョゼフ(ジョナサン・プライス)と、その妻ジョーン(グレン・クローズ)。2人は授賞式に臨むためにストックホルムに向かう。しかし、その機中で2人に声をかけた記者のナサニエル(クリスチャン・スレーター)は、「ジョゼフの小説はずっとジョーンが書いていたのではないか?」という疑いを持って、夫婦に近付く。
冒頭に書いた謎がある。だが、作家の創作に関わる謎は、予告編などでも出ているし、中盤ぐらいで見えてくる。
やがて観ているほうは気付く。真の謎は、その関係を40年も続けてきた、この夫婦2人の心なのだ、と。その点で、本作は心理劇なのである。
劇中、派手なアクションがあるわけでも、美男美女が活躍するわけでもない。
しかし、ひとたび幕が上がればまったく飽きさせない。
物語の強さ、人の心の謎に迫るセリフ(脚本)、繊細な演出、そしてそれらを実現する役者の演技、すべてが素晴らしい。
傑作である。
夫のジョゼフは女にだらしない。妻のジョーンは、そんな夫の浮気を許してきた。
ストックホルムでもジョーンは、授賞式をはじめいくつものセレモニーに追われるジョゼフを細やかに気遣う。つまりは良き妻なのであるが、だが話はそう単純ではない。
この夫婦は長年、秘密を共有してきたゆえに、それぞれ複雑なメンタリティを抱えている。
夫には「書けない」という欠落が、妻には「女性では本を出せない」という欠落がそれぞれにあり、お互いが、歪んだ形で相手を必要とする関係にある。
そういう意味では、この2人には、他の夫婦には決してない強い絆があるのだ(これはラスト、飛行機の中でCAがジョーンに語りかけるセリフに表されている)。
例えば、「君が大切だ」というセリフ1つ取ってみても、この夫婦の会話では何通りもの解釈が可能だ。「本心なのか?」「その場しのぎの言葉なのか?」…
つまり、「これはフェイクか」「いや、フェイクのフェイクか」と勘繰りながら観る面白さが本作にはあって、このことが、本作を観る体験を何重にも豊かに、楽しくさせるのだ。
この複雑で、根深くて、一筋縄ではいかない2人の関係を、本作ではノーベル賞の授賞式でストックホルムに滞在する数日間にぎゅっと凝縮させて描いている。
やがて訪れるクライマックス。
はっきり言って、夫にも妻にも感情移入は出来ない。それでも、ここでの2人の会話シーンには心を揺さぶられる。
帰りの飛行機のシークエンスは、行きの飛行機と対を成す。アメリカに戻ったら家族での話がある、と妻は言う。そういえば、出発前にも家族のシーンがあった。そう、見事な円環構造である。
クリスチャン・スレーター演じる記者とジョーンの、達人のチェスを見るようなウィットに富んだ会話の応酬シーンも楽しい。知っているようで知らない、ノーベル賞の舞台裏も興味深く、見どころも多い。
若い頃のジョーンを演じている女優が、グレン・クローズと雰囲気もよく似ているなあ、と思ったら、何と実の娘とのこと。びっくり!