劇場公開日 2018年4月7日

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ラブレス : 映画評論・批評

2018年4月3日更新

2018年4月7日より新宿バルト9ほかにてロードショー

少年が消えたロシアの凍てつく風景が、深遠なスリルを醸し出す“捜索”映画

ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の長編第5作は、題名そのままに現代ロシアの“愛のない”親子3人の日常を点描して幕を開ける。といっても、どこにも愛が見当たらないわけではない。サラリーマンのボリスと自分磨きに余念のないジェーニャの夫婦仲は険悪だが、ふたりは離婚協議をまとめて新たな人生を踏み出そうと決めている。彼らがお互いの恋人と暗いベッドルームで交わすセックス・シーンは美しく、親密さと情熱が息づいている。その間、小学生の息子アレクセイはそっちのけだ。両親の無関心にさらされたこの少年は、まさに“愛のない”痛みに耐えかねて人知れず泣きじゃくっている。

そして映画は突然の急展開を迎える。ある朝、登校するために家を出たアレクセイが行方不明になったのだ。無気力な警官に見切りをつけた夫婦が頼るのは、民間ボランティアの捜索隊だ。民間人らしからぬ手際よさで、すぐさま捜索の手はずを整える隊長のプロフェッショナルな存在感が素晴らしい。しかも捜索のエピソードは、プロット上の単なる添え物ではない。それどころか中盤以降、数十分にわたって描かれる長大な捜索シークエンスこそが本作のハイライトなのだ。

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まず最初に調べるのは、郊外にある夫婦の自宅マンションの周辺だ。オレンジ色のジャケットをまとった捜索隊の面々は、等間隔で一列に並んで丘の斜面を下り、草むらをかきわけ、少年の通学路である川沿いの道を進んでいく。さらに同級生からの情報に基づき、廃墟化したビル内をくまなく探す。しかし少年は見つからない。やがて捜索範囲が広がって雪まで降り始めると、ロシア的な凍てつく風景が異様な迫力を帯びてくる。ついには映画そのものが鬱蒼とした謎と神秘に覆われ、愛の彷徨や喪失といったテーマさえものみ込んでいくかのような感覚に息をのまずにいられない。とりわけ森の向こうに朽ち果てた巨大遺跡のようなパラボラアンテナが出現するショットは鳥肌ものだ。

もちろん、これは「息子の失踪をきっかけに夫婦の愛が再生する」などというありがちな話ではない。延々と持続する宙ぶらりんのサスペンスのさなかには、カメラが意味ありげに道ばたの暗がりを捉えるショットが挿入され、捜索隊の手が及ばないこの世の“闇”がそこにあることがほのめかされる。人が消えるという現象を扱った映画はいくつもあるが、これほど深遠でゾクゾクさせられる捜索描写は見たことがない。隊長を主人公に格上げしたスピンオフの製作を、ズビャギンツェフ監督に直談判したいほどである。

高橋諭治

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