「二人で伝えた真実と、友情」タクシー運転手 約束は海を越えて 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
二人で伝えた真実と、友情
光州事件を世界に伝えたドイツ人記者と、彼を現場に送り届けた韓国人タクシー運転手。
実話がベース。
本国韓国で大ヒットしたのも納得、これは良かった!
今年の韓国映画BEST作!
まず、光州事件について知っておかないといけない。
1980年5月、韓国・光州市。
クーデターにより軍が実権を掌握。(粛軍クーデター)
それに対し、市民が抵抗した民主化デモ。
死傷者は多数。
韓国では歴史的事件で、度々映画の題材にもなっている。
これまで見た光州事件を扱った作品は歴史/政治的視点で、正直ほとんどちんぷんかんぷんだったが、本作は一庶民の視点で描かれ、非常に見易い。初めてと言っていいくらい光州事件について分かったほど。
主人公は、ソウルのタクシー運転手、マンソプ。
まだ幼い娘と二人暮らしの男やもめ。家賃は滞納。
典型的な貧しい一庶民。
最近ソウルでも多いデモにも無関心。
「全く近頃の若者ときたら、デモする為に大学に入ったのか?」
ましてや、光州で何が起きてるかなんてまるで知らない。
日本で言えば、身近で学生運動が起きていながらも、それについて全く知らないようなもの(…かな?)。
しかし、それも無理はない。何故なら…。
ある時マンソプは、外国人を光州まで送り届ければ大金を貰えるという話を耳にし、ちゃっかりその客を横取り。
その外国人ピーターを乗せ、いざ光州へ。
こんな楽な仕事で大金貰え、何て美味しい!
…でも、何かおかしい。
光州へ入る道至る所に軍人が立ち、入る事が出来ない。
ピーターとひと芝居打ち、やっと光州市内へ。
そこで、見たものは…
軍による市民への圧政。
ソウルなどに知れ渡っている報道とはまるで違う。
暴徒と化した反社会的の市民たちを軍が抑え、軍に死傷者が出ているのではなかったのか…?
実際は、その逆。
圧政を強いる軍に対し市民が立ち向かい、抵抗し、市民の方にこそ多くの死傷者が出ている。
一体ここで、何が起きているんだ…?
軍による市民への暴虐が戦慄。
立ち向かってくる市民に対し、容赦ない暴力。
銃をも向け、射殺。
本来軍人というのは、市民を守るもの。
そんな軍人が、市民を殺戮している。
報道も規制され、その真実が知れ渡らない所か、歪曲されている。
こんなゾッとする光景が、ほんの30数年前、お隣の国で起きていた…。
作品はただ重苦しい社会派ドラマではなく、ユーモアとペーソスもたっぷり。
マンソプとピーターが光州で出会った学生とタクシー運転手。そのタクシー運転手の家で過ごした一夜は、人情劇。
突然、銃声が。表へ出ると、軍の暴虐が続いている。
平凡な日常のすぐ隣に、非日常的な戦慄の光景が。
その現場へ。軍人に学生が捕まり、絶体絶命の状況に。
ほんの数時間前までは、こんな生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされるとは思わなかった。
ユーモアとペーソス、シリアスな人間ドラマとサスペンスの織り交ぜが絶妙。
何の抵抗も無く作品の中に引き込まれ、見入ってしまう。
ソン・ガンホが言うまでもなく、名演!
この人間味たっぷりの役柄は、彼の真骨頂!
光州事件の真実は世界に知れ渡る事になったが、ソン・ガンホという名優ももっと世界に知れ渡って欲しい。(日本じゃ映画ファンの間では知らない人は居ないが、果たしてハリウッドでは何人がこの名優を知っている…?)
彼が演じたマンソプの役回りがまたいい!
最初はただの金目当て。
こんな危険な仕事だと知ってたら、引き受けてなかった。(いや、正確に言えば、横取りしてなかった、か…)
さっさと金を貰って、こんな危険な所とはおさらば。娘も待っている。
が…
ひと度この惨状を目の当たりにし、命懸けで抗う人々と知り合い、自分だけ逃げる…?
自分は光州市民じゃない。
娘にも早く会いたい。
でも…
畜生、自分だけ逃げるなんて出来やしない!
今ここで何が起きているか。
その為に犠牲になった人々…。
この事を、伝えなければいけない。ソウルに、韓国中に、世界中に。
そしてタクシー運転手としても、お客さんを送り届けなければならない。
無関心だった主人公に使命感が目覚めていく様は、胸熱くさせる。
ピーターとの国籍を越えた友情も感動的。
ピーターは英語しか話せず、マンソプは英語は片言。
だから最初は、どうもぎこちない。
しかし、一緒にこの惨状を行動する内に…、いちいち言う必要も無いだろう。
それは是非、見て欲しい。
ちょいと最後に触れるが、エンディングの2015年のピーター本人の映像と、二人が再会出来たか否かは、目頭熱くならない訳がないではないか!
光州市内での学生やタクシー運転手との出会いも。
ピーターとの通訳をしてくれた学生。彼はデモに参加しており、最後は…。
マンソプとピーターを逃がす為に、カー・アクションまで繰り広げてくれたタクシー運転手たち。彼らもまた…。
悪政や真実のねじ曲げがずっと続く訳がない。
真実は、必ず伝えられる。そう信じている。
その為に戦った人々、犠牲になった人々。彼らの為にも。
そして真実を伝え、協力してくれた人。
ひょっとしたら、もう二度と会えない事は薄々感じていたかもしれない。
でも、あなたが居たからこそ、この真実を伝える事が出来た。
あなたに会いたい。
それは二人共、同じ気持ちだろう。
再会する事は叶わなかった。
しかし、二人の出会い、二人で伝えた真実、友情は、国も時を越えてーーー。
追記
Wikipediaによると、マンソプは劇中の最後で彼が偽名として使ったキム・サボクというタクシー運転手がモデル。
サボクは光州事件の4年後にガンで死去。
その事は、本作が韓国で公開されてから、息子が名乗り出て明かしたという。
それを知ると、エンディングのピーター本人の映像がまた…(ToT)
いいですね、このレビュー! 当時観た映像が、目の前に立ち昇ってきて、目頭が熱くなっちゃいました。外なのに、恥ずかし〜。どうしてくれるんですか!(笑)
いや、あらためていい映画でしたね〜。どれかのレビューに書いたけれど、適度なエンタメ性があることが、多くの人々に真実を伝えるって点で、ドキュメンタリーとはまた別な、映画というものの価値を確認できます。あ〜、素晴らしい〜!
レビュー、ありがとうございました。