「心地よい笑いと心地よい切なさ。とてもキュートな歴史映画。」ヴィクトリア女王 最期の秘密 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
心地よい笑いと心地よい切なさ。とてもキュートな歴史映画。
笑って泣いて・・・なんだか気持ちのいい映画だった。スティーヴン・フリアーズ監督らしいというか、特に近年のフリアーズ監督の堅実かつ軽妙な演出が堪能できるキュートな歴史映画だったなと思う。「キュートな歴史映画」と自分で書いておいてちょっと笑ってしまった。でも本当そんな感じがする。
この映画の主人公となる人物が他界されて100年以上経過してから発見された日記によって明るみとなった新たな史実。「恋」と言うべきかどうかはあやふやだが、きっと「時めき」のようなものはあったはずだと、その日記を読んだ人物は感じたのだろう。「ヴィクトリア女王 世紀の愛」では若きヴィクトリアが後の夫となるアルバート公との出会いが描かれ、「Queen Victoria 至上の恋」ではアルバートの死後に親しくなった側近ジョン・ブラウンとのロマンスが描かれ、ついにはこの作品で100年以上隠されてきたインド人青年アブドゥル・カリムとの束の間の時めきまで暴かれてしまったヴィクトリア女王を思うとなんだか気の毒な気もするが、あくまで映画としての物語であるということを念頭に置いた上で、そして必ずしもこの映画に描かれたことが事実であろうとは鵜呑みにしない前提で、この映画はとても良かったし好きだった。
私がこの映画を観た映画館では、50代から60代以上のシニア層と呼ばれる世代の観客でほとんどの席が埋まっており、冒頭から劇場全体から常に笑い声が漏れていた。それはそれは楽しそうな笑い声があちらこちらから上がっていて、つられて私も声を出して笑ってしまった。特に前半の物語は喜劇性が高く、それらも気持ちよく笑えるコメディによって構成されていたので本当に安心して楽しめた。王室職員たちのリアクションとツッコミもイチイチ楽しかった。
また冒頭で威厳たっぷり(かつユーモラス)に登場するヴィクトリア女王が、アブドゥルと出会うや否やまるで少女のように愛らしくチャーミングになっていくのがなんとも素敵で、それを演じるジュディ・デンチがまた可愛らしいこと。女王としての畏怖を抱かせる存在感も併せ持ち、チャーミングさと畏怖とのバランスを見事に調整しながら女王の胸の内を表現していてもうさすが天下のジュディ・デンチと言う感じだった。それにやはりジョン・ブラウンのことを回想しながら彼の名前を口に出す時、ヴィクトリア女王を演じるのはやっぱりジュディ・デンチであってほしいとは映画ファンなら誰しもが思うことだろう。それに応えてくれたこの映画とジュディ・デンチに心から感謝したい。
大傑作だというほどの作品ではない。でも大傑作は観るのに体力を消耗する。「良い映画だったけどまた観ようとは思わない」という作品も多々ある中で、この映画なら明日もう一度観てもいいかもしれないと思いたくなる優しさと気持ちよさがあった。そっと傍に置いておきたい映画とでも言おうか。決して楽しいだけの映画ではないし、幸せなだけの映画でもない。寧ろ人種や人権にまつわる多くの皮肉が含まれているし最後は悲しみで幕を閉じる。それでもこの映画はとても気持ちのいい映画だった。
映画の終盤は、あれだけ笑いに溢れていた劇場がしんと静まり返り、鼻をすするような音がかすかに聞こえていた。「笑って泣ける」なんて映画の売り文句の使い古された常套句を思い出し、この映画こそまさしくそれではないか?と思った。