「壮大なCGに飽きつつ、ストーリーはシリーズ最高という歪な1作」アバター ファイヤー・アンド・アッシュ 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
壮大なCGに飽きつつ、ストーリーはシリーズ最高という歪な1作
《IMAXレーザー3D》にて鑑賞。
【イントロダクション】
ジェームズ・キャメロン監督・脚本による世界興行収入第1位作品『アバター』(2009)、シリーズ第2作『アバター/ウェイ・オブ・ウォーター』(2022)に続く、シリーズ第3弾。
惑星パンドラを舞台に、アバターとなった元海兵隊員ジェイクと家族の絆、前作でジェイクと同じくアバターとなったクオリッチ大佐と、今作から登場の炎を操りパンドラを狙うナヴィ、ヴァラン達との戦いを描く。
宣伝費を含めた製作費は、推定5億ドルにも上ると見られており(2025年12月現在)、これまでに作られた映画の中で最も高価な映画の一つとされている。
【ストーリー】
前作で水と共に生きる種族、“メトカイナ族”の集落に定住したジェイク・サリー(サム・ワーシントン)一家。前作でのクオリッチ大佐(スティーヴン・ラング)ら“地球人(スカイ・ピープル)”との戦いにおいて、兄・ネテヤム(ジェイミー・フラッターズ)を亡くした弟・ロアク(ブリテン・ダルトン)は、自らの行動が兄の死を招いたと後悔していた。母・ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)は、息子を失った悲しみに暮れ、兄を偲んで祈る日々が続いていた。
一方、クオリッチ大佐は前作の戦闘でジェイクが死んだ事に懐疑的であり、彼の行方を捜索していた。大佐の息子・スパイダー(ジャック・チャンピオン)は、依然ジェイク達と共に生活していたが、マスク無しでは地球人は呼吸活動が出来ないパンドラにおいて、スパイダーに残された数少ない酸素マスクのバッテリーが潰えるのは時間の問題だった。
ジェイクは、スパイダーを地球人達の居住スペースに戻すべきだと考え、メトカイナ族の集落を離れて、旅の商人である“風の部族(ウィンドトレーダーズ)”に同行し、一家はメトカイナ族を後にした。
旅の途中、風の部族は盗賊として生計を立てている“灰の部族(アッシュ族)”の襲撃を受ける。部族は炎を操る巫女・ヴァラン(ウーナ・チャップリン)が率いており、ジェイク一家は彼女達と交戦する事になる。その様子を基地でモニターしていたクオリッチ大佐は、部下と共にジェイクと決着をつけるべく出動する。
交戦の最中、風の部族の飛行船が墜落し、ジェイクとネイティリはロアク達と離れ離れになってしまう。ロアクは、養女のキリ(シガニー・ウィーバー)、妹のトゥク(トリニティ・ジョリー・ブリス)、スパイダーと共に追っ手から逃れる為に川に逃げ、離れた森の中に逃げ込む。ネイティリはヴァランの矢を受けて負傷してしまい、森の中へと墜落する。
ロアクは、ジェイクが自分達と離れ離れになった飛行船の墜落現場に再び戻るであろう事を予測し、スパイダー達と共に向かう。しかし、スパイダーの酸素マスクのバッテリーが切れてしまい、予備マスクは墜落現場に置き去りであった。呼吸困難に陥り、絶体絶命のスパイダーを前に、キリはスパイダーを地面に寝かせ、自らのフィーラーを用いてエイワに接続。スパイダーと森の菌糸類を融合させ、彼にマスク無しで呼吸出来る肉体を与えた。
やがて、マスク無しで呼吸出来るスパイダーの秘密が人間達の手に渡る事を恐れるジェイク、ジェイクと決着をつけるべくヴァランに武器を与えて手を組むクオリッチ大佐、様々な思惑の果てに、再びナヴィと地球人による全面戦争へと突入していく。
【感想】
巨匠、ジェームズ・キャメロン監督による壮大なSF譚も本作で3作目。
個人的に、シリーズ中最も脚本が見せ場の連続であり、楽しめた。特に、ネイティリがジェイク救出の為、夜間に地球人の居住スペースを強襲するシーンは、本作随一の見せ場だったと思う。
物語も前作直後からスタートしており、後述する要素含め、まるで前・後編の後編を観ているかのように感じられた。
しかし、肝心の本作最大の特徴である巨額の予算を投じて描かれるCG世界には、色々と思う所があった。私はIMAX3Dで鑑賞したのだが、鑑賞中ほぼずっと、あらゆるシーンでジェイク達ナヴィの動きが滑らか過ぎる、背景を含めた映像が綺麗過ぎる事で、かえって作り物感が前面に出てしまっていると感じたからだ。他の上映形態でどのように映ったかは分からないが、少なくとも3D鑑賞では同じような感覚を覚えた人が多いのではないだろうか?そして、その様子はまるで、PlayStation5のゲームをプレイして、イベントシーンを延々見続けているかのようにも感じられた。
また、本作のCGについて、『メタルギア』シリーズ、『DEATH STRANDING』で有名なゲームデザイナー・小島秀夫氏が、自身のXにて肯定的な投稿をポストしていたのだが、小島氏のゲーム作品は「まるで映画のようなストーリーと画面構成」を目指してきたと記憶している。そんな小島氏が賞賛(あくまでCG表現においてのみ)した本作は、「まるでゲームのような映画」となっており、小島氏の理想とはあべこべになっているから面白い。
第1作は本格的な3D映画と当時のCG技術の粋を集めた先進的な映画として、歴代興行収入第1位の座を獲得したのも、まぁ頷ける。
前作に当たる第2作も、1作目で描かなかった豊かな水の表現に挑戦しており、シリーズを続ける中で新たな試みに挑む姿勢は理解出来る。
しかし、本作は副題に「Fire and Ash(火と灰)」と冠していながら、その火の表現や灰の表現が乏しく、最終決戦の舞台は前作のクライマックスとおなじくメトカイナ族の集落近くの海であり、水の表現の方が大部分を占めている。また、そんな最終決戦を含めた水の表現についても、前作の翌年のアカデミー賞にて視覚効果賞を受賞した『ゴジラ-1.0』(2023)程の衝撃が無く、予算の差を考えると本作の水の表現は凡庸な範囲に収まってしまっているとすら言える。ヴァランが火を用いる数少ないシーンについても、その炎の演出が特段斬新であったり、CG映像の表現を押し上げているとは到底思えないものだったのは残念でならない。
そんな本作のCG表現に対する私の様々な意見を総合して一言で表現すると、「本作はまるで、クリスチャン・ラッセンの絵画を3時間見続けているかのよう」であった。ラッセンの絵画が美しい事は間違いないのだが、それを3作通して合計8時間半も見続ければ、流石に飽きるというもの。そう、シンプルに本シリーズの映像表現に対して、私は「飽きてきた」のである。
そして、それは、シリーズを重ねる毎に世界興行収入が右肩下がり(第1作は29.237億ドル、第2作は23.435億ドル〈2025年12月現在〉)である事からも分かる。本作が最終的にどこまで興行収入を伸ばすかはまだ分からないが、全米でのオープニング記録が前作を下回った事から、恐らく世界興収についても、前作より下がるのではないかと思われる。
そして、下がり続ける興行収入に反比例して、制作費は回を重ねる毎に増えている。監督は既に2029年に『4』を、2031年に『5』の公開を予定しているそうだが、果たしてそこまで辿り着けるか、雲行きが怪しくなってきたと思う。
ただし、ストーリーに関しては、シリーズ中最も楽しめたのは間違いない。ジェイクとロアク、クオリッチとスパイダーによる、前作から引き続き描かれる「父と子」の物語であると同時に、本作はキリとエイワの「母と子」の物語でもあった。そして、ロアクやスパイダー、キリといった若い世代の活躍が物語を動かしていた点も評価したい。全体としては、あくまでジェイク・サリーの物語であるが、彼と関わる若い世代の活躍が本作では顕著だった事で、これまでよりストーリー的な魅力と幅が拡がったと感じた。
第1作のジェームズ・ホーナーから引き継いぎ、第2作から担当しているサイモン・フラングレンによる音楽が素晴らしく、シリーズ中最も「音楽の力」を感じさせるものだったと思う。
【ロアク、スパイダー、キリという若い世代の活躍】
兄のネテヤムを失い、後悔の念を抱えつつも、父であるジェイクの役に立とうと、時に空回りしつつも奔走するロアクの姿は、少年の成長物語として良かった。前作で絆を紡いだ海洋生物トゥルクンの若い雄・パヤカンの一族追放を巡って、彼の汚名を晴らすべく嵐の海を超え会いに行く姿。パヤカンと共に族長会議に乗り込んで、トゥルクン達に戦う意志を齎す姿は、テンプレート通りながらも熱い。
メインキャラクター中唯一の人間として活躍するスパイダーは、父であるクオリッチ大佐との歪な親子関係、ジェイクとネイティリという養父・養母、同じく養女であるキリとの関係と、矢印の方向が多種多様であり、それが本作での彼の活躍と魅力に繋がっていると感じた。本作で、いよいよ彼も純粋な人間としての特徴は失ったが。
基地に囚われてからのクオリッチとの会話、アバターとなった彼の人間時代の識別札を親子愛に目覚めたかのように受け取りつつ、ドライバー代わりにして脱走のアイテムとして求めていた姿は面白かった。
クライマックスでのクオリッチとジェイクとの関係等、ジェイクとクオリッチの敵対関係の行く末は彼が握っていると感じられ、次回以降の活躍にも期待したい。
本作で最も魅力的な活躍を示していたのは、エイワとグレイス博士の子供という異色の出自を持つキリだろう。自然と調和し、スパイダーの窮地を救う事から始まり、エイワからの拒絶と家族と力を合わせての交信、覚醒して仲間達の窮地を救い、ヴァランを追い払ったりと、本作における美味しい所はほぼ全て彼女が持っていったと言える。スパイダーにキスをした際の、彼との種族を超えたロマンスの可能性にも注目したい。
余談だが、本作で遂にその姿を見せたエイワの女神としての巨大な姿は、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968)の“スター・チャイルド”を彷彿とさせる。
【新たな脅威、アッシュ族のヴァラン】
本作から登場する炎を操るヴァランの存在が良い。演じたウーナ・チャップリンの特徴と相まって、大きな黒い瞳を携えた姿は、凶悪さより可愛らしさを感じさせる。
かつてエイワに縋るも救いの手を差し伸べられず、逃げ延びた先で炎を操る術を手に入れ、部族を率いてゲリラ活動を行って生きている。クオリッチ大佐と手を組み、初めて人間達の武器を手にして高揚感に包まれてその威力を振る舞う姿は、積み上げられた怨嗟の果てにある悪の姿ではなく、無邪気な子供の持つ邪悪さを感じさせる。
惜しむらくは、そんな魅力的なキャラクターである彼女を完全に持て余してしまっている事だ。特報のポスタービジュアルや予告編での描かれ方から、彼女こそが本作最大のキーパーソンになるのかと思ったが、実際にはスパイダーやキリといった若い世代の活躍に完全に押し負けており、キリに至ってはクライマックスで覚醒した彼女にフィーラーを接続された際に意志の力でも完全敗北を喫し「Bitch!(クソ女)」と罵られて逃亡する始末。
何より、彼女だけが自由に操れるはずの炎を扱う姿がクオリッチと手を組む際のやり取り以外ほぼ皆無だったのは残念でならない。
【総評】
シリーズも3作目となり、色々と飽きさせる要素もありつつ、それでも活躍を若い世代に映す事で、新たな魅力を発揮したと言えるだろう。色々と不満を漏らしたが、それでも私は本作がシリーズ中1番面白いと感じたのは確かである。
問題は、次回作以降で描くべき内容がもう殆ど残されていないと感じる点だろう。巨額の制作費を投じて描かれるCGは勿論、間違いなく生きているクオリッチ大佐とジェイク&スパイダーとの因縁の決着、ヴァランのネイティリとキリへのリベンジ、結局本作では断片的にしか明かされなかったくらいしか、次回作以降で描く要素が見当たらないのだが。
出来れば、本作の世界興行収入は15億ドル未満に止まっていただいて、是非ともジェームズ・キャメロン監督には「これ以上のシリーズ続行は不可能」と、『4』でこの壮大な物語に幕を下ろす決断をしていただいて、プロットの練り直しをした上で出来の良い脚本で物語を締めてもらいたいのだが…。
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。
