「菌ちゃん農法」アバター ファイヤー・アンド・アッシュ 田中さんの映画レビュー(感想・評価)
菌ちゃん農法
出来事は羅列されるだけだから、まるで聖書の記述のようだ。
アブラハムの逸話をおもわせる息子殺しの出来事にも、感動はない。
監督は神の眼差しでチェスのコマを動かすように映画を作っている。
チェスのプレイヤーは、コマの気持ちを考えない。
チェスの観戦者も、コマに感情移入はしない。
たとえば、クイーンのコマの苦悩などに思いを馳せる人はいない。
この映画は、
登場人物に感情移入せずに、チェスを観戦するように観る映画だろうと思う。
さらに、道義的に不快。
このシリーズの至高のキャラであるパンドラの神が、
ダイダラボッチの中立的立場どころか、侵略者に置き換わっている?
これが事実なら、このシリーズは道義的に終わったと思う。
そもそも、
人類(実質アメリカ)の元海兵隊の男が「高貴な野蛮人」の王となり、
アメリカの侵略から「高貴な野蛮人」を救うという基本設定がアレだから、
この映画シリーズは、自分のような「黄色い野蛮人」には素直には楽しめなかった。
さらに神まで侵略者に置き換わったら、もう終わりだ。
火炎放射器のシーンは、米兵が洞窟の避難民を焼き殺した沖縄戦を連想して苦しい。
サブテーマの家父長信仰もウザカルト。
そして、またぞろ反捕鯨。。
「鯨は賢いから殺すな」という思想は、
「馬鹿は殺していい」という思想と同義であり、
「野蛮人は殺していい」という侵略者スカイピーポーの思想でもある。
つまり、この映画は、スカイピーポーを批判しながら、
スカイピーポーの思い上がった思想から一歩も踏み出していない。
スカイピーポーによるスカイピーポー批判でしかない。
そもそも反捕鯨活動家とは、
エコロジー、環境保護、動物愛護などといった頭巾を被ったKKK(レイシスト)だから、反捕鯨の立ち位置は、この映画の本質を象徴している。
つまり、この映画は、様々な美しい頭巾を被ったKKK映画。
だから、この映画を誉める人は、頭巾の中身ではなく頭巾の美しさを誉める。
映像は綺麗。技術は凄い。自然は尊い。家族は尊い。などなど。。
とはいえ、
この映画は、「菌根共生」からイマジネーションを得ているはずなので、
菌根共生を使った農法である「菌ちゃん農法」支持者には好印象かも。
しかし、うちのベランダの菌ちゃん農法はうまくいっていない。
エイワから見放されている。
知らんけど。
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。

