「007史上最も“人間らしいボンド”が終幕。前作「007 スペクター」再見を推奨」007 ノー・タイム・トゥ・ダイ 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
007史上最も“人間らしいボンド”が終幕。前作「007 スペクター」再見を推奨
2006年の「007 カジノ・ロワイヤル」で6代目のジェームズ・ボンド役となったダニエル・クレイグは、自身5作目の本作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」が最後になると表明している。クレイグ版ボンドになってから、それ以前の007映画に比べてシリーズ作のストーリー上のつながりが強くなった(クレイグ以前はだいたい一話完結の作りだった)が、中でも2015年公開の前作「スペクター」と新作の物語は密接につながっている(特にレア・セドゥが演じるマドレーヌ、クリストフ・ヴァルツ扮するブロフェルド、それにボンドの3人の関係性)。したがって、前作を未見の方はもちろん、6年前の公開時に観たきりで細部を忘れたという方にも、新作鑑賞の前に「スペクター」を観ておくことをおすすめしたい。
クレイグ以前のボンドといえば、絶体絶命の危機もクールに立ち回るダンディな英国紳士で、任務の先々で出会う美女とベッドを共にしても執着することはないプレイボーイのイメージ。だがクレイグ版ボンドになり、おそらくは競合シリーズの「ミッション・インポッシブル」や当時の新興勢力「ボーン」シリーズの影響もあって、汗まみれ血まみれになりながら全力で疾走し格闘する、いわば“肉体派ヒーロー”の印象が濃くなった。女性との関係についても、本作のボンドはもはやプレイボーイではなく、かつて愛し死別した女性に許しを請い、新しい愛に生きようとする。シリーズ全25作を通じて、最も人間らしいボンドが描かれているといっても過言ではない。無敵のスーパーヒーローでもなければ、対人関係でクールな男でもない。熱い心と情を持つ生身の人間として、クレイグ版ボンドが終わりを迎えることは実に感慨深い。
余談めくが、ラミ・マレックが演じる悪役サフィンがらみで日本文化が引用されていて、これが正直微妙で単純には喜べない。能面、畳、作務衣風の上着、石庭の砂紋などが出てくるのだが、欧米人から見た日本文化のエキゾチックな雰囲気を、サフィンの狂気や不気味さを強調するために利用したのだろう。監督のキャリー・ジョージ・フクナガ、日系アメリカ人なのになあ……。
もうひとつ、在キューバのCIAエージェント役を演じるアナ・デ・アルマスが、短い出番ながらもボンドとのユーモラスなやり取りや派手なアクションで活躍し、鮮烈な印象を残す。「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」でもクレイグと彼女のずれ気味な掛け合いが楽しかったし、クレイグのお眼鏡にかなったか。次回作は全キャストが刷新され完全リブートとなる可能性もあるが、MI6メンバーなど一部が続投になるなら、ぜひアナ・デ・アルマスも出番を増やして再登場してほしい。