劇場公開日 2018年11月16日

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「車の窓にみえる家族の再生」鈴木家の嘘 momokichiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 車の窓にみえる家族の再生

2025年11月3日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

笑える

悲しい

どうして車の窓をなおさないのか?
それはきっと浩一と一緒に傷ついていたいのだ。痛みを共有したいのだ。綺麗に直して、何事もなかったかのように、平気なように、したくないのだ。忘れたくないのだ。
と思ったそのとき、「ひょっとして!?」と気になって、エンディングの皆で車でイヴに会いに行くシーンをもう一度観てみると、、、やはり車の窓が直っていた。
なんとも見事な心象表現。思わず唸る。

俳優陣の演技に圧倒される
・突如車から飛び降りて発狂しながら逃げる浩一(加瀬)と、それをみて無力感にむせび泣く父(岸部)。
・地獄の現場に居合わせた富美の吐露を聞いた時の父親の表情(岸部)。
・富美(木竜)が新体操の練習の途中に、その情景を思い出し感情が爆発するシーン。
・兄の手紙の原案を書いたあと、無表情のままデリートしていく富美(木竜)。
・息子の現場を目撃し、半狂乱になりながらロープを切ろうとする母、悠子のシーン(原)。
・入水しながら兄への想いと悔恨を叫ぶ富美(木竜)。
・明るくて優しい叔父(大森南朋)。いいわー。温かさが滲み出ている。
・キツイこと言うけど家族に寄り添う叔母(岸本)も。雨にびしょ濡れになりながら悠子に傘を差しだすシーンなんてほんと。
・そして「大切な人を突然亡くした会」の参加者たち。同じ境遇だからこそ生まれる、馴れ合いではない温かさが確かにあった。

そんな中でも、なんといっても富美を演じた木竜麻生の演技に尽きる。
引きこもって、親の愛や注意を引こうとする兄。さらにその自死によってそれが強固なものになってしまったことへの怒りが湧き上がってくる過程の演技。
そして、兄に対して暴言を吐いたことへの悔恨の演技。根底にある兄への愛--。
静けさの中に生々しい感情を滲ませる演技、木竜麻生。こんな俳優がいたんだ。(要チェックだ。)

↓下記は印象に残った富美の台詞。

「違うよ。お兄ちゃんの命の値段だよ。
 ----お父さんさ。よくお兄ちゃんの部屋に入れるよね。
 そっか。お父さん見てないもんね、お兄ちゃんの最期。
 そこだよ。そこでお兄ちゃん死んでたんだよ。
 私は思い出すんだよ。毎日、毎日、毎日!
 もう元になんか戻れないよ!」

「(お兄ちゃんは)わかってたんでしょ?
 お母さんが一番最初に見つけるって。
 わかっててやったんでしょ? 酷いよ。

 でもお兄ちゃん。
お母さんは後を追わなかったよ。死ななかったよ。
 生きたの。強かったの!

 お母さん、お兄ちゃんが死んだこと覚えてない。
 アルゼンチンで生きてると思ってる。
ねえ、くやしい?
 大好きなお母さんに悲しんでもらえなくて悲しい?
ざまあみろ!
 わたしは、お母さんにお兄ちゃんが自殺したこと絶対言わないから!

 ねえ?なんで私に保険金なんか残したの? ねえ、なんで?
 許して欲しいってこと?それとも忘れないでくれってこと?
 お兄ちゃんは私のことが嫌いだもんね! 残酷だね。

 いいよ。
 私はお兄ちゃんのこと許さないから。
 私はお兄ちゃんのこと許さない。
 ぜんぶぜんぶ、忘れてやる。ぜんぶ忘れてやる!
 それで、、、それでもう、お兄ちゃんの思い通りになんか絶対にさせない!
 絶対にさせないから! 」

「謝りたい、、、。
 お兄ちゃんに謝りたいの!
 わたし、お兄ちゃんに会いたいの!」

自死は残された家族に対して地獄だ。

※「浩一は鬱じゃない。鬱で死んだんじゃない。」息子が鬱と認めたくない体裁重視な害父なのかな?と思ったが、 あとから浩一が「俺は病気じゃない!」と言っていた場面があったのでその言葉を守ったのだな、と気付いた。父の深い愛を感じた。
※直接的でなく、間接的に家族の慟哭を訴えてくる。コメディ要素を入れたからこそ、余計に悲しみが迫ってくる。脚本と演出が素晴らしい。
※イヴは見られずか!

momokichi