フジコ・ヘミングの時間のレビュー・感想・評価
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クラシック・ピアノへの情熱が凄い!
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2018年公開のフジコ・ヘミングの作品を観た。2024年に公開し現在も公開中の恋するピアニストフジコ・ヘミングも物凄く良かったが、この作品も素晴らしい。
この時の彼女はまだ元気に日本をはじめ世界を飛び回ってコンサートなどをこなしていたんだと作品を観て感じた。クラシック・ピアノ演奏への情熱が物凄かったんだなと改めて感じた。弟のウルフ氏もインタビューに出演。
文句なし素晴らしいドキュメントでした。
追悼
DVDで持ってるけど、追悼で上映してたので、フジコさんのピアノを映画館で聴けるなら…と平日の朝に観に行った。
断片的なドキュメンタリーの繋ぎ合わせではあるけれど、スマホの動画みたいで、逆に彼女と一緒に旅をしてるみたいにも思える。
本当に沢山の苦労をしてきたけど、ピアノを弾くことは絶対にやめなかったフジコさん。NHKのドキュメンタリーをきっかけに大ブレイクしたのは、68歳頃。
友達に連れられてサントリーホールでフジコさんのコンサートを観たけど、もうあの時は70歳だったのかもしれない。
少女時代は戦争で、20代は戦後で、30代はヨーロッパで貧しくて、おそらく40~50代も日本で質素な生活をしていたフジコさん。
ベジタリアンだけど、20歳から90歳になる前までタバコを吸ってたフジコさん。
最期はご自宅の階段から落ちて、膵臓ガンもあって92歳で亡くなられて…
幸せとか健康とか何だか色々と考えさせられる部分もあるけれど、大切な犬や猫に囲まれて、自分をきちんと着飾って、最期までピアノに向き合っていたフジコさんは本当に魅力的な人でした。
天国でご家族や、リストやショパンにも会えてるといいですね。
あちこちに家があるのも、あちこちに情が湧くからなのかな。
だいぶ変わってしまっただろうけど、フジコさんの家が残ってるなら、久しぶりにシモキタに行ってみたくなりました。
お客さんは少なかったけど、追悼でこの映画を上映してくれたイオンシネマに感謝。
フジコさんのピアノ、あのピアノの音色に包まれてとても幸せな空間に身を置けました。
フジコさん、沢山の感動をありがとうございました。
ラ・カンパネラ
フジコ・ヘミングさんがご逝去されたのち、近くの映画館で再上映されているので鑑賞に行きました。
彼女の存在は知っていたものの、背景などは詳しく知らず、このドキュメンタリーを通して裕福な家に生まれながらも家族、国籍、身体のハンデなど様々な苦労をされてきたことを知りました。
多くは語らないフジコ・ヘミングさんですが、古い友人や古いもの、そして家族を愛する姿がとても印象的でした。
そして「恋をするって素晴らしいわね。2、3年幸せならいいじゃない」このような言葉が作中にあって、なんだかハッとしました。彼女が常にいかに情熱的に生きているかを感じさせる言葉。
とにかくフジコ・ヘミングさんが奏でる音色に心が震えます。とくにやっぱりラ・カンパネラは泣いてしまいますね。
彼女の愛するものたちが、後世も大切にされていきますように。
フジコ・ヘミングさんを偲んで
フジコ おばあちゃま
僕は、特別養護老人ホームに勤めていました。
その経験からお年寄りの晩年と、円熟期の生き方、その存在の在り方にはとても興味があります。
その頃、僕は音楽をやりながら特養ホームに勤務していましたので、人生の最終盤で奏でられた老音楽家たちの「遺作」など、僕は楽譜を取り寄せてはずいぶんと鍵盤に向かって練習をしたものです。それは仕事の中身と相まってのことでした。
メロディは当然のこと、その楽曲の構造と、隅々から聴こえてくる作曲家たちの“老いた姿”と “しわがれた声”が、僕はなんとも好まれて、興味が尽きません。
パイプオルガンを弾きながらホームで介護をし、一日一日お年寄りのお世話をして、そうして彼ら彼女らをお見送りしながら、帰宅してまた楽器と楽譜に向かう。
命を確かめる演奏を見つけたい ― そういう生活を続けていました。
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鬼滅の刃
煉獄杏寿郎の言葉
「老いることも 死ぬことも 人間という儚い生き物の美しさだ 老いるからこそ 死ぬからこそ 堪らなく 愛おしく尊いのだ」
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輝ける3老人の3つの曲をご紹介しましょう ―――――――――
◆ バッハの最後の曲と、
◆ ブラームスの最晩年の曲と、そして
◆ フジコ・ヘミング!!!
(当サイトの規則により残念ながらURLが貼れませんので、以下語句検索でYouTubeにヒットさせてご試聴下さい)
◆まずはイングリット・フジコ・ヘミングから、
ご存じ、フジコの演奏はリストの「ラ・カンパネラ」が大変有名なのですが、僕が最も愛する演奏はこれですね。彼女にこれ以上の演奏はありません。
リスト作曲「consolation コンソレーション」です。
親友ショパンの死の報に接し、悼む心でショパンのために書いた「コンソレーション(=慰め)」。リストの五線譜にショパンの魂が溶け込みます。
清らかさと悲痛の極致。
リストとショパンとフジコが、まるで三人で、魂で連弾しているかのようです。
⇒YouTube動画 語句コピー検索↓
[ フジ子•ヘミング リスト コンソレーション ]
注:薔薇の写真の動画がオススメです。
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本作品「フジコ・ヘミングの時間」は、
フジコ・ヘミングの残り時間と、彼女が生きてきた時間と、
それらに出会わせてもらえた僕の今日という時間にとって、素敵なドキュメンタリーだった。
フジコおばあちゃま!そのお姿は、もうほとんど猫になってきているじゃない!?(笑)
そのまま四季の「キャッツ」に出られます。
たくさんの人を見送ってきただろう。
フジコ・ヘミング、どうか長生きして。
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追記:
エンドロールが特別重たい。
家族の元を去った 行方不明の父親の作品 (=日本郵船のためにデザインしたポスター) の実物と対面をし、
「こういうものを作れた父はそんなに悪い人ではなかったようだ」とつぶやく娘フジコ。
どれだけの苦労をしてきたか、
父親への想い=帰って来なかった父親への、積った想いが、
娘の口からこぼれた瞬間でもあったなぁ。
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以下、
《人生を閉じる日の音楽》にご興味のある方は動画検索なさってください
【バッハ】
1750年7月28日没。
白内障の手術が失敗。目が見えなくなっていたバッハが65歳の時、
臨終の床において、枕辺に呼んだ弟子に口述筆記で書き取らせたのがBWV668=
オルガン曲「汝の御座の前に われは今進み出で」Vor dinen Thron tret' ich hiermit
⇒YouTube動画 語句コピー検索↓
[ J.S.Bach - Choral Prelude, BWV668 (A.Shweitzer) ]
シュヴァイツァー博士の演奏でどうぞ。
5'45 モノラル録音
メール(大海)だ!とベートーヴェンはバッハを語ったけれど、バッハは死んで、静かなせせらぎ(Bach=小川)に戻りました。
特養ホームでの僕の上司=野村実ドクターは、あのシュヴァイツァー博士と一緒にアフリカの病院で働いた人でした。
【ブラームス】
1897年4月3日没。
盟友シューマンの死後に、その妻クララをひたすら愛し、クララに認められるべく圧倒的大曲を発表し続けたヨハネス・ブラームス。
寡婦と子らの生活を物心両面でずっと支えたが、しかしプロポーズに破れて生涯独身を通す。
晩年、クララの葬儀に間に合わず、失意のブラームスはそこから残された最後の1年に=死の前年に、がんの闘病中、彼が最後に書いたオルガンの小曲。
その悟りと、素朴さ。そこにあるのは最早かつての大樹の様ではなく、自叙伝の最後のページに押しはさまれて、思い出の“押し花”になった彼の姿。
作品118、「11のオルガンコラール前奏曲」から第11=
終曲「おお、この世よ、われ去らねばならず」
⇒YouTube動画 語句コピー検索↓
[ 11 Chrale Preludes, Op.122: No11, O Wert, ich muss dich lassen /ROBERT BAITES ]
3'51
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フジコヘミングがとても魅力的だった
家持すぎやん?
【フジコ・ヘミングの数奇な半生を描いたドキュメンタリー 実に面白い】
60代になってから世界に見いだされたピアニスト、フジコ・ヘミングのドキュメンタリー。
こんなに自由に生きている日系女性がいることに驚嘆した。
本名:イングリット・フジコ・ゲオルギー・ヘミング
出生地:ドイツ・ベルリン
父:ロシア系スェーデン人で画家、建築家
母:裕福な家庭に育ったピアニスト
フジコ・ヘミングは60歳を超えても、ヨーロッパ、アメリカ、南米に赴きピアノを奏でる。訪れた国の数は2016年~2017年だけでも10か国を越える。劇中でも語られるが会場によっては満足なピアノが無いことも。
それでも彼女は”仕方がないわね”と言って、与えられた条件の中ピアノを奏でる。
多くの観衆(特に私は感じなかったが、女性の観客の感動度合いが高いとの事)を魅了する彼女のエネルギーはどこから来ているのか、の判断は観客に委ねられる。
<一人の女性の見事な生き様を写し取ったドキュメンタリー作品>
<2018年8月11日 劇場にて鑑賞>
難聴だということが全く感じられないほど素晴らしい!
「音楽堂まで行ってください」「はい、フジコ・ヘミングウェイのコンサートですね?」「そうそう」と客と会話をしたことを今でも覚えている。後になって恥ずかしくなりながらも、ヘミングウェイじゃありませんから!と突っ込んでもらいたかった自分がいる。
年齢は公表してないらしいが、約86歳くらいのフジコ。還暦を過ぎてから売れ出したピアニストだ。80を過ぎても年間60か所のコンサートをこなすくらい、歳はまったく感じられない。パリ、ベルリン、サンフランシスコ、東京、京都、と自宅を持っているが、猫や犬を飼っている事実。ベルリンの愛犬アンジンがとても可愛かった。また、ラフマニノフの住んでた家など、人が暮らした家に興味を持ってることも彼女らしいんだろうなぁ。
彼女自身難聴のためだろうか、自宅のピアノはちょっと調律されてないようにも感じられたが、彼女の奏でるピアノは優しさに満ち溢れている。弟で俳優の大月ウルフが茶化したように「ピアノは男が弾くもの」だという言葉もあったが、まるでそれに抗っているかのように女性の繊細さを表現している気もした。
ハーフだということで学校ではイジメにも遭い、戦争直後は国籍を失うという過酷な経験をしながらも飄々と語る過去がとても新鮮に聞こえる。14歳当時の絵日記を織り交ぜながら、フジコの人となりを感じられ、全ては天使から試されていると施しをしたり、動物愛護に満ちた優しさが伝わってきた。今度はどんなピアノに出会えるんだろう?他の楽器と違い、自分のピアノを運べないのもプラス思考で考える生き様が素敵でした。
愛情
物を大事にして長く使っていたり、昔からある古い町並みを愛したり、京都の古い長屋を購入したり、ホームレスにお金を渡したり、今の日本に失われてしまった他者、動物、物への愛情を深く感じました。ピアノだって人間だって古いから歳だからと簡単に捨てられたら悲しいでしょ。演奏者の生き方が美しいと、ピアノの音色も美しくなるのだと思いました。
フジコさんが一人で世界中を飛び回り、自宅が海外と日本の4ヶ所もある事を知って、マネしたい位に羨ましいと思いました。才能があるのはもちろんですが、行動的で自分に年齢制限を付けない生き方というのは人生が面白くなる一つの要素だと思います。今、自分の殻から飛び出したい方にオススメです。
彼女の生き様が分かる。
よく密着して撮らせたと思う
思いのままに語り、ピアノに触れ猫に触れ煙草をくゆらせる。 まったり...
美しい
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