ダウンサイズのレビュー・感想・評価
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SDGs=誰にとっての持続可能な世界なんだろう・・。 一寸法師のような庶民をひねり潰す巨悪の力について考えます。
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途中、この映画はかなり間延びして退屈になりますが、その先に新しい展開がちゃんと用意されていますから、諦めずに終わりまでご鑑賞ください。
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一見、出だしから「稚拙な思いつきっぽいSFコメディ映画」なのだけれど、その“粗いモザイク画面”を、少し離れて眺めて見てみる。
と、と、気づくものがある。
目を薄めて注意深くこの作品のモザイクを透かして見てみれば ―
①髪の毛を剃り落として、
②金歯を抜いてから、
③全裸でオーブンに入れるって流れ。
・・これはまぎれもなくガス室。
「最終解決だ」とあの人が称んだ所業。
―「ガス室から焼却炉」を彷彿とさせるベルトコンベア。
この 3つのこのパワー・ワードは
そこですよね?
そこでこそおまいらは幸せになれるし、社会に迷惑はかけない立派な少国民になれるぞ
って、これはお上からのSDGsの勧誘なんですよね?
つまり、
“B級のSF映画” に見せかけてはいますが、本作は
《楽して儲けたい弱き国民性》と、
《中流階級や低層を目ざわりに思う富裕層》、
《国民操縦に長けた国家の悪魔性》。そして
《そのどちらにも属せなかった脱落者たちの》物語。
このあられもない姿を晒した告発映画だったと思います。
映画の幕開けはこのパワーワードで、総毛立ってのスタートだったのでした。
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近未来の食糧難や環境問題を、このように歪んだ形で告発する映画といえば
・「ソイレント・グリーン」(主演チャールトン・ヘストン)や
・「PLAN75」(倍賞千恵子)が思い出されるのだが、
“検体” =つまり国民を、生かさず殺さず、ミニマムに押し潰して、こういう形で世の中から厄介払いにして亡き者にしようとする生体実験の、本作のグロテスクさよ。
これは、ヤバいとしかいい様がない。
食肉加工工場と人肉の縮小工場がオーバーラップされています。
それ、気付かずに面白おかしく本作を鑑賞してしまったのなら、本作のキモの素通りで、もったいないのではないだろうか。
他の作品に見られるアレクサンダー・ペイン監督の繊細なる人間愛や、土臭い脚本力や、骨太の社会派作品を観てきて、
今回、マット・デイモンを起用した流れを勘案すれば、本作は単なるギャグ映画ではないと見るのが正しいだろう。
誰しもが幸せになりたくて、宝くじを買ってみたりする。そして結婚生活やローンの辛さや家庭の維持の困難さから”インスタントな桃源郷“を夢見たりもする。しかし、
「問題」はあっちの世界(満州国とか南米とか)に行ってからの生活ではなくて、あっちの世界に行かせようとするデモーニッシュな力なのではないかと思う。内なる誘惑の囁きと、そこにつけ込む外からの力。
ユダヤ人協会は本作の『パワー・ワード』をどう見たであろうか?
あのシーンをスルーするはずは無いし。
・・
キャスティングとしては、
終始覚めた目で、マット・デイモンを批判してからかう「上階に住むセレブ」も、「クリッパー船の船長」も、
いい味を出して物語全体を冷ややかに解説してくれる。
あの二人の存在が映画をシメていてくれる。
マット・デイモンを脚本作成に加えていればもう少し完成度は上がっただろうに、そこは残念。
小さくなると幸せな世界が待っている、的なコメディ感覚で進んで行くも...
小さくなると幸せな世界が待っている、的なコメディ感覚で進んで行くも、
大きな世界とほとんど変わらない生活状況に直面していく楽しくて複雑なお話。
鑑賞日:2018年3月29日 FacebookNotes より移動
小さくはなったけれど
小さくなるというのは大きさに比べて相対的に小さくなる、という話で比べるものがない時には、何も変わらない
本作はいわゆるなギャップ感とか「小人」が鳥とかネズミに襲われるとかのパニック映画要素とか、スモールワールドあるあるがことごとく排されている
そのせいで映画としての面白さは半減しているが、逆に社会学的なダウンサイジングという面が際立っているように思った
つまりもしダウンサイジングが実際に起こったら?という想定の元で、社会や人間の変化というものに着目して作られている
映画のはじまりに主人公の年老いた母親が、「世界で何が起ころうが、私は苦しい」と訴えるシーンがあり、彼が「みんな何かしらで苦しんでいる」と答えるシーンは象徴的だ
そして主人公の理学療法士という職業は、社会の全体に大きく役割を持った仕事ではなく、悩みや辛さを抱える人たちに個人として寄り添う「小さい」仕事である
ダウンサイジングはすべてのことの究極的な問題解決になるのだろうか…
とは言えノルウェーのコロニーの周りを肉食昆虫であるトンボが飛び回っているのはどうかと思った
ありえなくはない、貴方の決断も試されるドラマ
冴えないボーン
設定がいかしきれていない
社会課題をテーマとしたSDGsに関連した内容の映画です。人の本質が描かれています。
世界の食糧問題等の社会課題に向き合った映画です。
SDGsへの取組みにも関連した内容だと思います。
本作品の中でも、食糧問題に対して、意見が分かれています。
「そんなの遠い未来の話だ」
「今から取り組むべきだ」
etc.
持続可能な社会を実現していくために、
今後、様々な取り組みや対策をしていくと思いますが、
おそらく、本作品のように意見が分かれていくんだろうなとリアルにイメージが出来る映画です。
映画の内容としては、面白いというよりも、
社会課題に向き合う様々な人間像が描かれていて、とても興味深い観ることができました。
人は大きな選択や分岐点に立ったときに
本質を問われるんだなと、しみじみと感じる映画でした。
思い切りえこひいき。評価低すぎるだろう
ハッキリ言って出来栄えは普通か、それ以下の映画です。
マットはぼてっとしているし、笑えるシーンを期待していたのに意外にシリアスで歯ごたえがあった。
それこそ、映画館に入るときと、出てくるときの気持ちの変わりようと言ったら、映画の表現を借りて言うなら「箱に入る」=小さくなるようなもので、心になにか確実に手に入れて帰っていく。そんな映画だった。見てよかったと思う。
マット・デイモン
彼ほど普通の男が似合う俳優も珍しい。多くの人の共感を呼ぶその独特の存在感で、たくさんの傑作に登場してきた。でもいま彼には思いっきり逆風が吹き荒れている。ここから4、5年は再浮上しないんじゃないかと思えるような状況で、アカデミー賞のジョークのネタにもなっていた。
そんな彼が、ある出会いを通じて心を取り戻していく映画。いわば「魂の再生」を描いたストーリーで、まるで彼のために書かれたような脚本だ。
映画の中でクリストフ・ヴァルツに「ヤツはどうせ戻ってくる。今まで何も成し遂げてこなかった男だぞ」と、見事なほどに本質を見抜かれてしまっている。
小さくなることそのものは実は枝葉の部分で、肉体以上に、周囲の状況にアジャストしていく彼の変化こそが重要なポイントだ。流されて行って、気付いたらここに居ましたという「当事者意識の欠如」こそが、この映画のテーマで、彼は何度も自分を変化させていく。小さくなることで起きる悲喜劇を見せることは前半までで、とうとう居場所を見つけてからの彼は、積極的に成功体験を積み上げていくことになる。
そこまでのプロセスが笑えるならコメディ映画として大成功していただろうが、北欧の科学者が細胞を縮める実験をしてから、社会が変革を遂げる過程は思い切りはしょってある。それでも長すぎるお話だが、むしろ笑える前半部分よりも、活動家の女性と出会ってからどんどん転がっていく後半の展開のほうが、だんぜん映画としては面白い。
ちっちゃい体のマットが、大きい人の中をちょこまかと走り回って、元に戻ろうと奮闘する姿を見て笑い転げる映画を期待している人は、本当にがっかりするしかないと思う。私もその一人だったが、思わぬ拾い物をして帰ってくることが出来た。だから☆はおまけです。
2018.3.6
もっと楽しい映画だと思ってた
オチの記憶がなかった。
縮小された人々の生活を支えるのは?
食べ物の消費が減るとか普通サイズの人間と比べると消費が減るのは解るが、全てをそのサイズにしていくのは大変だ。
小さくなった人の医療とかどうするのだろう?
小さい人用のものを作らなければいけないのだろうか?とか頭の中に疑問がグルグル回る。
さらに縮小化の過程で人工物は身体から除去し身体中の毛という毛を刈り取るなどそれなりに徹底している。
外し忘れると縮小化した際に小さくならない金歯や銀歯で頭が裂けるらしい。
それ以外にも死亡するリスクもあるし、縮小化しない友人家族とは付き合いづらくなる。
金の無い中途半端な状態で、このスモールな世界に入っても貧しいものは貧しいままで生きなければならない。
縮小化では大してしあわせになれない雰囲気なので全く憧れない。
結局のところ、人はその人なりに生きていくしかない。
活動家のベトナム人は小さい世界でも同じ事をしている。
主人公は足の不自由なベトナム人を手伝う事で小さい世界の不可思議さを教えてくれる。
当初コメディかと思ってこの作品を借りたがブラックジョークだった。
コンセプトは良いけど、展開が弱い
見ても見なくてもどちらでもいいかな
中年の心にしみる良い映画でした
予想外の着地地点
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