「表と裏のバランスが惜しい」散り椿 つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
表と裏のバランスが惜しい
だだ、愛のために。これは「散り椿」のコピーだが、映画のテーマとしては裏テーマである。じゃあ表のテーマは何なのかと言えば、お家騒動に絡む「義」だ。
本来の筋としては、まず扇野藩における不正問題がある。この不正に絡み、主人公・新兵衛が下手人とされている刃傷事件の真相や、かつての友の腹の内、さらには亡き妻と友の間にあったかも知れない思慕の情などが複雑に絡み合う。
これを何も知らない若者である新兵衛の義弟・藤吾の目線で紐解いていくのが表テーマ。
映画が進むにつれて少しずつ事件の様相や、登場人物それぞれの関係が明るみになっていく様は見応えがある。
自分の知らなかった扇野藩の不正、過去の事件の様相、藩を変えようと奔走する若手筆頭・采女の人柄、命を懸けて事を成すということ。
藤吾が視点となって、「四天王」と称された若武者たちの生きざま・散りざまが見えてくる。
一方、裏テーマの「愛」については義理の妹・里美を演じる黒木華が素晴らしい。姉夫婦の仲を一番よく知っている人物でありつつも、義理の兄に対する里美の思いが家族のそれとはまた違う、というところが然り気無い仕草や目線で滲み出ていた。
特に稽古後の新兵衛に手拭いを渡そうと走り出るシーン。あの小走りに駆けていく様子に思慕の情があふれでていて、「ああ、里美は新兵衛の事を…!」とこっちに思わせるには充分。
今作品の裏テーマMVPは間違いなく黒木華だ。
だだ、全体で観ると裏テーマが表テーマに勝ちすぎて、ダイナミックさを感じられなかった。雨のクライマックスとか、カッコいいんだけどねぇ。
話が進むにつれて、物語的には謎だった部分が全て明るみに出て、まあそれで良いんだけど、今まで新兵衛や采女にとってわだかまりだった篠の事が綺麗サッパリ取り払われて、何の葛藤もなくなっちゃった。
あまりに晴れ晴れとした勧善懲悪ぶりに、ちょっと物足りなさを感じた。時代劇独特の、「大義を成すための苦しみ」みたいなものを期待してしまったからかもしれない。
エンドロールは、野に咲く花や水田、地上に芽吹く儚くも逞しい草花がどんどん映し出される。
采女が、四天王が守りたかった「民草」は、扇野藩に力強く芽吹いている。
そしてそれを感じられるのは、生き残った新兵衛だけ。それを感じることこそ、生き残った新兵衛の役目。
「新兵衛、藩は緑豊かか?」という今は亡き者たちの問いに、「ああ、豊かだぞ」と答えるような新兵衛のラストショットは素晴らしい。