「老夫婦の最後のヴァカンス」ロング,ロングバケーション aoiさんの映画レビュー(感想・評価)
老夫婦の最後のヴァカンス
老人のロードムービーは、人生の終わりにその山頂やゴールから、
彼らが人生を振り返る景色を、一緒に覗き見られるのが、醍醐味だと思う。
熱々の老夫婦は、子供に、施設と病院に、別々に入れられる直前、
古ぼけたキャンピングカーで最後のヴァカンスへ出かける。
元英語教師の夫は認知症。
英文学への情熱を失わず、手当たり次第に人を捕まえては、ヘミングウェイの講釈を語る。
強盗に、スペルミスの指摘と、夜間学校を勧める辺り、往年の職業柄が滲み出る。
長々とした講釈を聴いてあげている不良や、老人と海で卒論を書いた給仕など、
老人に優しい町は見ていて気持ちが和む。
妻は、認知症の夫に絶えずユーモラスに語りかけながら、
彼の好きな行き先や、洋服や身支度を、熟練の手腕で整えていく。
強盗を銃で追い払い、昔の恋人に会わせに行く機動力と情熱。
時折、病の靄が晴れて戻って来る夫に歓喜して、絶望してを繰り返しながら、
思う存分、愛する夫と過去の思い出話に浸っている。
二人の会話のテンポも良く、
ロードムービーの軽快さと、移り変わる景色と音楽で、飽きずに観られる。
二人は、古い記憶に引きずられて、幾つかの人生の決着を付ける。
夫は実は妻の最初の恋人に50年間も嫉妬していて、
認知症になってもそれが許せずに、
むしろそれが前面に出て来てしまう。
彼はどれほど妻が好きなのか。
嫉妬の挙句、夫が意固地にトランクスを履きたくない理由が判明。
そういう馬鹿馬鹿しい因果関係が、人生にはある。
人生とは、そういう馬鹿馬鹿しい因果関係の積み重ねなのかもしれない。
もう一つ。
妻は夫の思いがけない浮気の告白にブチ切れて、夫を即座に最寄りの施設に捨てて、ウィスキーを呷って当時幼い娘にブチ切れて、ブチ切れたまま施設に夫を取り戻しに来て、許す。
「妻は、時々、手負いの水牛になるんです。」
夫の的確な表現に、二人の歴史を感じる。
施設の職員の忍耐も素晴らしい。さすがプロ。
母親の口汚い電話のあとにも、同じく老い先短い隣人の心を穏やかに保つ娘。さすが大人。
最後の決断は、理想主義的過ぎて、寂しさが残るが、
50年来の恋人同士で最後まで熱愛の二人らしい思考回路とも言える。
全編を通して、明るい老夫婦が、一緒に長く暮らす尊さを見せてくれる。