「悪は愛のために、愛は悪のために存在する」悪と仮面のルール 石山紀子さんの映画レビュー(感想・評価)
悪は愛のために、愛は悪のために存在する
この作品の原作を面白かったと思った人たちは
この映像作品は納得するものだったんだろうか…
私は…
やっぱりこの作品の中核となる「悪」の定義にシンパシーを感じることが出来ず、作品にのめり込めなかった…というのが正直な感想だった
原作を読んでいない人が見ても
十分楽しめる映像作品にはなっており
主人公の文宏と彼の生涯の想い人カオリの純粋な部分をクローズUPし
上手く構成されていたため
原作とはまた雰囲気の違う、判り易い内容に仕上がっている
二人の「純愛」が際立つ映像作品となっているから
ラストシーンにグッとくる人も多いかと思う
その反面
中村文則氏の世界観が好きなヒトは
ちょっと物足りない映像作品となってしまっているかも知れない…
終始取り巻く
陰鬱で寂寞とした独特な雰囲気を持つ原作の面白さは
残念ながら半減してしまったように感じる
少年時代の文宏とカオリの関係性が
成熟した男女間の
それも純粋な愛を育む世界をキッチリと描ききることで
絶対悪=邪の世界の片鱗がみえ
ラストの悲劇がより際立ち
文宏が強いられた邪の世界が巨悪で絶対悪の姿であればある程
文宏の仮面の下で行う悪の行為が正当化されて
絶対的悪に対する悪のルールも構築されていく…はずだったのに
巨悪で絶対悪の「邪」の姿は どこか貧弱で空虚な印象を拭えず、悪の象徴となるはずだった幹彦の姿は、心を病んだ普通の犯罪者の姿にしか見えなかった(これは演じた方の技量の問題でない)
表現という作業に付きまとう「バランスをとる」という感覚
これが ここまでこの作品の良さを削いでしまったことは
誠に残念としか言いようがない
本作品の主演の玉木宏氏はなかなかの踏ん張りで好印象
吉沢亮氏は繊細な演技でテロリスト役を好演
でも、一番印象に残ったのは
探偵さんの光石研氏の演技
最後の登場シーンのセリフは 文宏だけでなく
試写会場に居た全員の心の中の蟠りを一瞬にほぐした
このシーンは原作でもホッとする場面だったけど
実際に映像としてみるとグッと来た
単なる「純愛」物語としてはイケナイ作品のような気がするが
「邪」が「純粋な愛」に浄化される
今の時代の表現では このカタチがベストなのかもしれない