「この夫婦を通じてしか表現できなかったメッセージに乏しい」ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
この夫婦を通じてしか表現できなかったメッセージに乏しい
邦題では「ユダヤ人を救った動物園」だけど原題は「Zookeeper’s Wife(動物園飼育員の妻)」。邦題でも「アントニーナが愛した命」と妻の名前を冠した副題が続く。そこで思うのだけれど、果たしてこの映画”妻”にフィーチャーする意味があったか?と。
何せ物語を見れば見るほど、行動を起こして活躍したのは夫ヤンなのでは?と思えてくる。それはジェシカ・チャステインの演技力をもってしてもだ。さすがにヤンが嫉妬に駆られて口にしたように「安全な場所で男と戯れていた」とまでは思わないにしろ、アントニーナが寮母さんの役割を優雅に演じている間に身を危険にさらして一番行動していたのはヤンだったのは明らか。むしろ、この映画で主役となるべき人物はヤンであり、この映画が描き飛ばした彼の空白の時間(彼が死亡したと思われた1年間含め)こそが本来のドラマなのではないのか?という思いが浮かんできた。いや恐らく、実際のヤンとアントニーナは二人で力を合わせてナチスの監視下で恐怖と危険と隣り合わせで活躍した夫婦だったはずだ。しかしこの映画はアントニーナを贔屓目に見て事実を切り取っている感が否めない。女性監督・女性脚本家・原作も女流作家・主演女優(チャステインは製作総指揮も兼任している)・・・みたいに女性が力を合わせて!的な作品って時々こういう違和感があるから気を付けたい。これでは今まで男がやって来たことの二の舞じゃないのか?と私なんかは思ってしまうのだけれど?
物語としては、ナチスが猛威を振るっていた時代の恐ろしさやおぞましさがしっかりと描かれていて、また民間人から歴史を切り取った物語としても十分に満足できる仕上がりではあった。とは言えその一方で、この二人の夫婦を通じてでしか描けなかったものや、この映画でしか表現できなかったメッセージといったものは特に見当たらず、テーマを同じくした過去の作品が多数ある中で、更に一歩踏み込んだものがなかったのは大いに残念。ナチスを描く上で見覚えのある光景から抜け出すものはあまり感じられず、パワフルな史実をありふれた英雄談に留めてしまったのは惜しかった。