「肖像画とは決して完成しないもの」ジャコメッティ 最後の肖像 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
肖像画とは決して完成しないもの
ジャコメッティと聞いても、これまで個人的には線の細い彫刻像という認識であった。むしろ恥ずかしながら、ノートの片隅に落書きしていたパラパラ漫画の棒人間を思い出すという程度(笑)。
昨年、国立新美術館でジャコメッティ展が開催されていたが、母国スイスでは紙幣の肖像画になるほどの芸術家であり、映画では彫刻だけでなく絵画や版画も手掛けていたことを知ることができる。
若き美術評論家ジェームズ・ロードが、ジャコメッティと親交を深めていくうちに、肖像画のモデルを頼まれる。当初は、2日間で仕上げる約束で快諾したモデルであったが、1日1日と延びていく。本作はその制作過程を書いた回顧録「最後の肖像」を基にした映画である。ジェームズが見た、晩年のジャコメッティの創作現場が描かれている。
ジャコメッティは、"肖像画とは決して完成しないものだ"と言ったり、自身の発表した過去作は"すべて未完成だ"と言ってのける。せっかく完成しかけた肖像画を塗りつぶして、やり直しを繰り返す。映画は、真実の姿をとらえようとする、ジャコメッティという芸術家の目から見える対象物の印象を映像化しようと試みる。
映画の冒頭から、"あれっ、モノクロ?"と思うほどの、無彩色ベースの映像に、人物の肌色だけがパートカラー(部分彩色)的に、温かく強調されている。アトリエでは製作途中の作品や道具はもちろん、壁や建物などの背景のさえも無彩色に自然光で撮影されている。
撮影監督は、ダニー・コーエン。トム・フーバー監督とのタッグが多く、「英国王のスピーチ」(2011)、「レ・ミゼラブル」(2012)、「リリーのすべて」(2016)などでカメラを担当している。
無彩色映像(白・黒・グレー)は、突然、酒場シーンや娼婦のカロリーヌが出てくると鮮やかになる。これはスタンリー・トゥッチ監督の意図かもしれないが、作品の意図するテーマと連動していると思われる。多彩色なものは、変化し続け、上っ面なものが表現され、無彩色は不変で本質的なモノを捉えているように見える。
一方で、ジャコメッティを演じているジェフリー・ラッシュの役作りは凄まじく、外見も喋りも本人に近づけている。ジェフリーといえば「シャイン」(1997)でアカデミー賞主演男優賞を受賞しているが、それよち「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのバルボッサ役といったほうがお馴染みかもしれない。
劇中楽曲は、当時のものが使われている。奇しくも「Jazz à gogo」という曲は、1960年代に「夢見るシャンソン人形」がヒットした仏歌手フランス・ギャルが歌ったもので、本日(1月7日)に亡くなった。享年70歳。ご冥福をお祈りいたします。
ところで、昨年(2017年)から芸術家の伝記映画のラッシュが続いている。エゴン・シーレから始めり、セザンヌ、ロダン、ゴッホ、ジャコメッティ・・・。そして今月公開のゴーギャンへと続いていく。
(2018/1/7 /TOHOシネマズシャンテ/シネスコ/字幕:稲田嵯裕里)