「日本人には難しい直球が放たれたって感じでした」ワンダーストラック Ryuu topiann(リュウとぴあん)さんの映画レビュー(感想・評価)
日本人には難しい直球が放たれたって感じでした
「まさか、嘘でしょう!」そう来てしまったか・・・と言うのが鑑賞後の感想だった。
ちょっと予告や題名、チラシ等の宣材からのイメージと本作の物語はかけ離れていたと思う。
それに、これ程までに制作者サイドの映像作りの実験的トリックの世界に付き合わされる映画も久し振りだった気がする。
本作を2010代の現代に生きているアメリカ人達はどう感じ、見るだろうか?
映画のストーリー展開の出来と言うより、そこに暮らす人々は、どのように本作を捉えてみる事になるのだろうか?と私の好奇心は勝手に映画と離れた展開をみせていた。
何故なら、この作品の主人公ベンの様に(特に子供)は当然の事、自己の存在する居場所を探し求めて生きているものだから。
生まれ育つ時代は大きく違っていても、人が生きると言う基本的な生き方の本質自体は何時の時代もそうそう変化する事は無いと私は考えるから。
人は生まれ、成人し結婚し、家庭を営み、やがて死を迎えると言うサイクルは大きく変化する事は無いので、そこに纏わる人の基本的な感情も大きな変化は見られないと思う。
しかしその一方で、人々の生きる時代の変化は目まぐるしい。特に近代文化の先端を常にリードしている街、NYが本作の舞台である。
その時代時代の激動の中で生活をする以上、その時代に因って否応なく変化する環境の変化に対応すべく、人々は日々努力を続けなければ。生身の人間は存続出来ない。
ほぼ1920代のNYでの生活を記憶している人々は現在90代以上なので、極僅かな人々で、制作者を含めて、20年代は想像の世界だ。そしてその一方70年代を記憶の隅に持っている人はまだまだ大勢いる。
そして観客は映画を観る時、その舞台となる時代背景を常に当時の自己の生活に当て嵌めて観るものだ。
それ故に、70年代を出来る限り忠実に再現したこの作品を観るアメリカの人々は70年代を今の自分と比較してどう思うのか?どう感じるのだろうか?
勿論70年代を知らない世代の若い人々でも、自分の親が生きた時代であったり、或いは祖父母が生きた時代の空気を、本作を観る事で理解しようと思ったり、感じると思う。
そうした時代の変化を20年代は白黒のサイレントで描き、70年代はカラーのトーキーで再現して見せながらも2つの時代を行き来しながら描く事で時代の変化と生活する人々の意識の変化を浮き彫りに描き出す実験作品は、その可能性と発想の表現方法と言う点では凄く面白かった。
だが、日本で生活する私にとっては全てが想像するだけの世界で、時代の変化を楽しめる作品には成り得なかった点が残念だった。
異文化圏に暮らす人々にも、自然に膝を打つようなリアルな共感性を表現出来る映像とはどう撮れば良いのだろうかと本作を考えるとまた、新たな想いが去来するのだった。