「完成度は高いが前作ほどの高揚感を感じない」機動戦士ガンダム サンダーボルト BANDIT FLOWER 曽羅密さんの映画レビュー(感想・評価)
完成度は高いが前作ほどの高揚感を感じない
何の気なしに観た前作『機動戦士ガンダム サンダーボルト DECEMBER SKY』があまりに面白かったので、原作漫画まで読み始めてしまった。
そして本作を観たわけだが、やはり原作を知っている分、次にどんな展開になるかわかってしまうせいか、前作ほどは歓びと驚きをもって本作を観られなくなってしまった。
改めて思うが、映画を観る前に原作を知るのは善し悪しがある。
前作『DECEMBER SKY』が原作漫画の1〜3巻までに当たり、本作は4〜7巻までに当たる。
本作は前作に比べて19分上映時間が伸びているので、1巻分としてほぼ妥当である。
しかし上映時間を伸ばして『Twilight Axis』というどうでもいい短編作品を抱き合わせにして一律1800円の料金を科すのは阿漕である。
確かに上映館が少ない弱みはあるが、もはや目標とする観客層に親子連れや学生はなく、大人しか狙っていないということなのだろう。
悪い言い方をすれば、少子化で少なくなった若年層を閉め出して、ちょうど筆者のようにガンダムとともに育った世代を中心に一般料金を文句もなく支払う余裕のあるオタクからふんだくる必勝の戦法である。
おそらくガンダム自体は手を変え品を変えこの先ずっと続けていくことができるが、それを熱狂的に支える我々世代もいつかは死ぬ。
筆者はテレビやPCの小さい画面で1300円も払って本作を観たいと思わないが、最近の若者は映画を映画館で観ないとも聞くので配信サービスで済ますのかもしれない。
とはいえ、本作は小学生以下には難しい作品だが、大学生はもちろん、中高生にも理解できるだろうし、人間性の深いドラマが展開するだけに、本当は他の映画作品と同じように劇場で気軽に観られたら良いと思うともったいない。
仮に前作の一律1500円料金を払ってわざわざ劇場で観た中高生がいても、本作の料金設定を見てあきらめた人もいるだろう。
目先の利益に捕われて裾野を広げる努力を怠ったためにガンダムというブランドが尻すぼみにならないよう願うばかりである。(実質は既になっている可能性もある)
人間ドラマが薄くほぼ政治劇に終始した『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 激突 ルウム会戦』とは違って、本作は豊穣な悲喜こもごもの人間劇に加えてモビルスーツの活躍場面も多く、何よりファーストガンダムよろしくモビルスーツ戦の最中ですら対戦者間で、あるいは味方間で人間ドラマが展開する。
また今まで筆者が観たガンダムの中に宗教という要素は全くなかったので、原作漫画を読んでいて南洋同盟(南洋宗)という宗教団体が登場した時はとても興奮した。
三国志に代表されるように、物語が一番面白くなる連邦、ジオン残党、南洋同盟が敵対する三つ巴の構造になっている。
しかも現段階で既にムーア同胞団でイオの味方だったクローディアが何らかの理由で敵対する南洋同盟で尊敬を集める「比丘尼様」に転身している。
敵味方が入り乱れるのも作品を面白くする1つの要素である。
死を恐れない南洋宗の兵士は明らかに自爆するイスラム教徒を想起させるし、原作ではこれ以降より敵味方が入り乱れて行く。
ますます目が離せない。
個人的にはニュータイプ物語を受け継ぐガンダム正伝である『機動戦士ガンダム ユニコーン』よりも本シリーズの方が上である。
劇中にジャズが流れるのもまたいい。
戦争とジャズ、一見ミスマッチな両者が意外にもハマってしまう戦闘シーンは前作でかなりな驚きだった。
漫画原作者の太田垣康男もこれだけは漫画で表現できないと賛辞を惜しまない。
我が家にマイルス・デイヴィスのCD-BOXがあっても全て聞いているわけではないし、デアゴスティーニの隔週刊の「COOL JAZZ COLLECTION」を購入してCDを聞いていたぐらいなので、筆者はジャズの触りも理解しているとは思えないし、実際本作の音楽を担当している菊池成孔も知らない。
アメリカの本シリーズファンから日本のアニメだから楽曲も日本語で聞きたいという要望があって、本作からジャズの歌詞も日本語になったようだが、それ以上に昭和歌謡調の曲が流れるのが印象に残った。
ただどう考えても前作のサイコ・ザクやフルアーマー・ガンダム、本作のアトラス・ガンダムやガンキャノン・アクアのデザインは時代的には後世になるZガンダムのものより複雑で洗練されている。
デザインも進化するから仕方ないとは思うが、ニュータイプが使用する機体ではないのに見た目からして後世のガンダムより性能も上に見えるし、実際にも多機能で上に感じてしまう。
ここだけは現実感を感じない。
原作がどこへ向かうのか全く予測できないが、これからの展開に期待したいし、原作自体は現在10巻まで刊行されているので、いつでも第3段の映像化は可能そうである。
アニメとしてのレベルは高いものの、音楽込みでも原作ほど入りこめなかった。
また観直すと印象が変わるかもしれないが、今のところは前作に比べると高揚感は低い。