劇場公開日 2017年3月31日

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「アメリカ映画界の底力をみた。」ムーンライト もとさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0アメリカ映画界の底力をみた。

2017年5月18日
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麻薬中毒で売春婦の母に育てられる黒人シャロンの鬱屈した、しかしピュアすぎる半生を、極めて淡々と描いた本作は、第89回アカデミー賞作品賞を受賞している。

演出過剰の現代の世の中で、きわめて重厚な人間ドラマをここまで静かに淡々と描く作品は、正直興業的に作りたくても作れないというのが実情に違いない。しかしそれが確かに存在した! この映画を観終わって、(ポスト・トゥルース的な)今日という世界に、かくも純粋な映画を産み落とすことができたハリウッドの「良心」と「奇跡」への礼賛こそ、この作品賞であったのだと私は理解した。

この映画はかなり消耗する。寝不足や体調不良、特に精神的不安を抱えた状態で挑むと、あとが大変だろう。とにかく「強度」がものすごい作品なのだ。人種による貧困、イジメ、犯罪、さらに精神的に崩壊寸前の母親が重要なモチーフとして描かれている。そこに主人公の性的マイノリティも絡んでくる。現代の閉塞感に満ち満ちていて、終始、分かりやすい出口は提示されない。

でも、ちゃんと希望は描かれていた。主人公の内面の、かくも純度の高い「純粋」という精神に。これを現代で描くのは、簡単に虚構になってしまうから至難の業だ。しかしこの映画はそれに完全に美しく成功している。それに心底驚いた。

さて、ここからは好き嫌いの話。正直、私はかなり苦手な作品だった。抑制した演出、という演出が苦手すぎた。もうこれは、どうしようもない話。あとはやはり自分がアメリカ社会に生きていないため、実感からややほど遠いというのも、正直な印象。本来、もっと身につまされる物語なのだろうと想像しながら観ていた。

渋谷の映画館はいまだに超満員。アカデミー賞受賞作の箔付はかくもすごい。もちろん私もそのおかげで出会うことのできた一人だから、やはりありがたいと感じている。作品に出会えるのは、やはり縁だと思う。

もと