「やっぱり本作は特撮ファン向けの映画? ところが、違うのです 黒澤清監督がそのような映画を撮るわけもありません 特撮映画的物語は偽装なのです」散歩する侵略者 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
やっぱり本作は特撮ファン向けの映画? ところが、違うのです 黒澤清監督がそのような映画を撮るわけもありません 特撮映画的物語は偽装なのです
散歩する侵略者
2017年公開
題名で、特撮ファンなら、反応するのは間違いなしでしょう
ウルトラセブンの第8話ちゃぶ台とメトロン星人のお話か、団地丸ごとフック星人と入れ替わってしまう第47話「あなたはだぁれ?」のようなお話の映画だろうと思ってしまいます
観てみると確かに本作は、見た目はそのような特撮映画の立て付けになっています
人間と入れ替わった宇宙人が登場して、厚生労働省の役人だというが、明らかに警察か、自衛隊関係者でしょうという人物と部下多数が登場して自動小銃を乱射して宇宙人が憑依した人間と交戦したり、終盤には米軍のRQ-9 プレデターという無人機も飛来してミサイル攻撃をかけたりします
なるほど、それではやっぱり本作は特撮ファン向けの映画?
ところが、違うのです
黒澤清監督がそのような映画を撮るわけもありません
特撮映画的物語は偽装なのです
本作は2017年9月9日公開です
そこに意味があります
その年はどんな年だったでしょうか?
本作公開直後の10月の総選挙で自民党が大勝して、改憲勢力の与党だけで、改憲に必要な三分の二を確保しました
早くから選挙情勢はそのような予測が盛んに成されていました
そして、その前の6月には、「共謀罪」の構成要件を改め「テロ等準備罪」を新設した改正組織犯罪処罰法が成立していました
こうした政治の流れに危機感を抱いた監督の作品というのが本作の正体です
実は地球側は、密かに侵略者に気づいていて、警察、公安、自衛隊、はては米軍とも連携しているとおぼしき組織で対抗しょうとしています
市内を、自衛隊の車両が走行して、迷彩服の自衛隊員が立っているようにになっています
しかし、町の人々は誰も何も異常なこととは思わないのです
町中に自衛隊車両が走り、迷彩服の自衛隊員が立っていることが普通になっても、それが異常なことであると分からなくなってしまっているのです
宇宙人は宇宙通信機を自作して本隊を呼び寄せ、地球侵攻を開始して、人類を全滅させるように連絡しょうとします
そうすれば人類は最後です
三時間くらいでかたがつくと見積もっていたが、地球人もなかなかやるので三日はかかるかなと宇宙人はいうのです
つまり、こういうことです
宇宙人の通信機というのは改憲のことです
それを許せば最後である、絶対に阻止しなければならない
日本は戦争ができる普通の国になってしまう
自動小銃や無人機を繰り出すように、何がなんでも阻止しなければならないことだと
劇中、侵略者正体と、その地球侵略の狙いを知った週刊誌記者は、中盤ショッピングモールのオープンカフェで立ち上がり、政治家のように大声で訴えます「皆さん、ちょっと笑わないで聞いて下さい!
地球は侵略者によって狙われています!」と
彼は、今行動しないと
焦りますが、もちろんそんなことに耳を貸す人は誰もいません
「何もしない内に、事態は、引き返せ無いところまで進んでしまうんです」
当然、いくら大衆に訴えてみてもなんの反応もない
それで彼は自嘲気味にこう言います
「君らそんなことで動かないよな、わかっているよ、
OK 言うことは言った
後はきみらの判断に任せよう」と
すなわち改憲や共謀罪の危険性をいくら口を酸っぱくして大衆に訴えてみても、帰ってくるのは冷笑ばかりで、やれお花畑だ、やれ空想的平和主義だと罵倒されてしまう現実を揶揄しているのです
すなわち、
まるで宇宙人が地球を侵略しようとしていると大声で騒いでいるかのように見られてしまうと
そして
この危険性を訴える声に、耳を貸さないなら宇宙人の侵略だなんて戯言だと、本気にしないでいる、この映画の町の人々のように宇宙人に侵略されてしまうぞと
つまり日本は、このままでは宇宙人に、戦争ができる国に作り変えられてしまうのだと大声で言っているのです
その裏返しの論理で、
アジアの大国や半島の国が、わが国や友好国に攻め来る?
そんな馬鹿な!とも言っているのです
それは、まるで宇宙人が地球侵略をしようとしている!みたいな荒唐無稽なことを声高に叫んでいるのとおなじだ
頭がおかしいのではないか?と
本作は、コロナ禍もウクライナ戦争もそれ以前の作品です
2025年の私達は、外交も、対話も理屈も何もまるで通用しない相手が本当にいることを目撃しました
停戦も和平にも、関心を示さない相手が本当にいることを知ったのです
戦争を勝手にふっかけてくる宇宙人が実在していたことを知ってしまったのです
日本も侵略されることも充分にありうる事を知ってしまったのです
宇宙人とは?
日本を普通の国にして侵略に備える体制を作ろうとする勢力のことなのでしょうか?
それとも
本当に日本に戦争をする気がなくても、問答無用と戦争をふっかけてくる勢力のことなのでしょうか?
本作では、週刊誌記者は明らかに地球側から攻撃を受けています
どうして?
政府が秘密裏に宇宙人の侵略に対処しようとしているのに、声高に大衆に事実を公表することが政府にとっては邪魔で迷惑な存在だと言うように描かれているのだと思います
政府の秘密の計画を暴く者はこのように排除される危険性があると訴えているわけです
しかし、コロナ禍を経た私達は、すっかりスレてしまいました
宇宙人が劇中で未知のウイルスのような存在と説明されると、そのような言説はコロナワクチンの陰謀論を信奉している人の言葉を聞いたような気持ちになります
宇宙人の肉体乗っ取りを防ぐのがコロナワクチンの本当の目的だったのだといわれたかのように
ラスト近く
遂に宇宙人の地球侵略が始まり、宇宙から無数の火球がまるでB -29から投下される焼夷弾の無差別爆撃のように、地上にふりそそぎます
戦争をする国の末路はこうなるだとの監督の結論だと思います
しかし、ラストシーンでの鳴海が入院する病院での会話で宇宙人が突然、地球侵略を止めたと明かされます
愛の概念を宇宙人が知ったから?
愛は地球を救う!
えっ!そんな陳腐なこと?
笑ってしまいます
これこそお花畑と言わざるを得ません
空想的平和主義そのものです
概念をうしなって、思考停止したかのようです
愛の概念を失ってしまった鳴海は抜け殻のように成ってしまってます
かって夫であった加瀬真治を乗っ取った宇宙人はより、自然な人間に近くなり、鳴海にこういうのです
「ずっとそばにいるよ」と
ぞっとしませんか?
愛を失った鳴海とは愛国心を失った国民を表しているとしたなら?
そういうふうにならなければ、戦争を防ぐことなどできはしないと監督は主張しているのだと思いました
自分にはその言葉は地球人が宇宙人を愛し、侵略を心から受け入れるまで「ずっとそばにいるよ」という意味に聞こえるのです
そして黒沢清監督は、2020年に「スパイの妻」を次作とするのです
その映画は、はたしてそのような監督の主張の延長線上にある作品でした