「奇矯なる英雄譚」ハクソー・リッジ Toshiさんの映画レビュー(感想・評価)
奇矯なる英雄譚
戦争映画の傑作。あるいは奇矯なアメリカンヒーローの物語。
主人公は宗教的信念から武器を持たず衛生兵として戦争に参加する。しかし戦争の是非など彼は考えていない。むしろ若い男子として故郷に残ることを恥じている。彼の信念は軍隊では理解されず軋轢を生む。彼は仲間からのリンチにあい、上官からは除隊を勧められ、最後には軍法会議にかけられさえする。しかし周囲の助力で戦地に赴く。ここまでが前半だがここで描かれる陸軍の様子が意外とヌルい。「フルメタルジャケット」の凄惨で冷酷で人間性のカケラもない軍隊はそこにはなく、古き佳きアメリカ映画の軍隊ものの延長と云っていい。
後半は沖縄の戦場。凄まじい描写が続く。主人公は衛生兵として銃弾の雨の中を駆け回り75人もの負傷兵を救助する。もちろん武器は持たずに。だが彼の横にはBARを持った屈強な仲間が常に掩護に付いている。彼自身は敵を殺さないが、彼に危機が迫ると隣の仲間が彼の代わりに敵を撃つ。主人公は衛生兵に徹しているだけでも間接的には敵を殺している。ここに矛盾を感じない点でも、この主人公は信念に従ったひとというより、奇矯な英雄に見えてしまう。キリスト教徒がみればそうではないのか?アンドリュー・ガーフィールドの演技は素晴らしい。この人物はのちに妻になる恋人への対応も、軍隊での上官や仲間への対応もかなりおかしい。彼の奇矯な行動を納得させるのは常人離れしたこの人物造形だ。神がかったということなのか?彼を掩護していた仲間が死んだあとも孤立無援で救助をする彼の活躍がクライマックスだが、その描写に悲愴さはなくアクロバティックなアクションにすら見える。アメリカ軍が攻勢に転じるシーンはスローモーションで観客に戦争映画独特のカタルシスを与える。サム・ペキンパーの戦争映画のように。メル・ギブソン監督の興味と狙いはここにある。たまたま変わった実在のヒーローを見付けたから彼を主人公に選んだだけ。
ギブソン監督の手腕は見事なもので、ストーリーテリングは超一流。戦争映画の傑作たる所以だ。グロテスクな描写が喧伝されているが、よっぽど血に弱いひとやこの手の映画が苦手なひとは別にして、さほどショッキングではない。塚本晋也監督の「野火」の描写がショッキングなのと対照的だ。同じ様なグロテスクな場面でも監督の狙いが違うからだ。ギブソン監督はヒーローを描く為、塚本監督は戦争忌避を表明する為。
沖縄戦であることを隠したキャンペーンが話題になっている。第二次世界大戦のアメリカ軍のヒーローの話なら敵はナチスドイツか日本なのは当たり前だ。戦争映画の傑作を感動の実話で売ろうとする方が問題だろう。主人公が負傷した日本兵を助けるのは感動的な挿話にみえるが、あれは戦場では当たり前。国際的なルールだし戦場に残る数少ないモラルだから。
一点気になるのは日本兵。悪鬼の形相なのは分かるが何故出てくるときに尺八の音色を入れるの?戦後70年経ってもこういう描写になることの方が文化の断絶を感じさせて怖い。
戦争映画を観たいひとは是非。感動の実話を期待しているひとにはオススメできません。