「この映画の凄さはニュートラルに徹したこと」ハクソー・リッジ Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
この映画の凄さはニュートラルに徹したこと
第二次世界大戦の沖縄戦で、銃を持たずに75人の命を救った米軍衛生兵デズモンド・ドスの実話を映画化した、メル・ギブソン久々の監督作。"Based on true story"ではなく、"True Story"というテロップで始まる。
主演のアンドリュー・ガーフィールドはアカデミー主演男優賞にもノミネートされたが、今年の「沈黙 サイレンス」(2017)同様に、神に身も心もを捧げるカトリックの役柄が続く。
タイトルになっている、"Hacksaw Ridge"は、浦添城址の南東にある"前田高地"と呼ばれた旧日本軍の陣地で、とくに激しい攻防戦が行われ、日米両軍に深刻な被害をもたらした。その急峻な崖の形状から、"Hacksaw=弓のこぎり" + "Ridge=峰"と米軍が名づけた場所だ。
"静と動"の2部構成のようにも感じる、主人公デズモンド・ドスの、"人を殺してはならない"という信念の形成過程と、戦場でそれを貫徹する姿を、コントラストをつけて描く手法は見事というしかない。前半はプライベートなラブストーリーで、後半は博愛である。
10年ぶりの監督作ながら、メル・ギブソンの、"可能なかぎり現実に近づける"というスタイルこそが、それこそデズモンド・ドス並みの変わらない信念だと思う。
そのスタイルゆえに、イエス・キリストの最後の12時間をリアルに描いた、「パッション」(2004)では、ローマ法王(当時、ヨハネ・パウロ2世)を巻き込んでの世界的な論争になった。またアカデミー作品賞の「ブレイブ・ハート」(1995)は、現在の英国におけるスコットランド独立運動のきっかけになったとも言われている。
さて本作は、第二次世界大戦の沖縄戦を描いてはいる。しかし、一部の映画評論が書くように、戦場の描写が"リアルだ"という紹介はどうかと思う。そっちじゃないだろう。この映画は感情的にならず、ニュートラルな立場に立っていることが、リアルなのだ。
「プライベート・ライアン」(1998)に始まる、残酷ともいえる生死の現場再現は、今のVFX技術ではもはや普通である。本作がデジタル処理ではなく、実写撮影にこだわった映像表現があるにしても、どちらが凄いという優劣は意味がない。
ハリウッド映画としては、"米国万歳"、"デズモンドは正義のヒーロー"、"日本軍は卑怯な悪魔"という表現は可能だったはず。メル・ギブソン監督はそれを徹底的に排除している。また日本軍の地下壕を活用した戦術や、降伏を装う自決、切腹シーンなど、実際の出来事を調べ尽くし、正しく再現しようと努めている。
この映画、アカデミー作品賞にノミネートされなければ、日本公開されなかった。それは前述の"旧日本軍のシーン"に起因している。
確かに"興行はビジネス"であるが、アンジェリーナ・ジョリー監督の「アンブロークン」(2014/日本公開2016)に、公開中止運動が起きた例もあり、大手配給会社は自主規制している。日本映画界は"誰か"に遠慮しているのだ。
第二次世界大戦を描く日本映画は、「この世界の片隅に」(2016)でも論争が巻き起こったように、"被害者主張"が強すぎる。映画で"加害者"としての日本と日本人が描かれないのは、近年のドイツ映画とは大きく違う。この辺りも、"リアル"と"ニュートラル"な表現は何かが問われている。
それゆえ、新興のキノフィルムズ(Kino Films)だから、配給が可能になったと思うし、改めて同社に感謝したい。
(2017/6/24/ TOHOシネマズ新宿/シネスコ/字幕:齊藤敦子)