「片面6曲のレコードみたいな恋」胸騒ぎのシチリア 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
片面6曲のレコードみたいな恋
イタリアという国は、日本人以上に欧米の人にとって「天国に近い国」のイメージがあるのか、イタリアで休暇を過ごす映画は後を絶たない。キャサリン・ヘップバーンの「旅情」もダイアン・レインの「トスカーナの休日」などを例に挙げるまでもなく。
今回も、声帯の手術を受けたばかりの大御所女性ロックシンガーが、6年間交際している恋人とシチリア島で休暇を過ごす。そこへ昔の恋人とその娘がやって来たことによって、物語が大きく動き出していく、というのが大筋。象徴的に映し出されるのは彼らが宿泊しているコテージについているプールで、彼らは目の前に大きな海があるにも関わらずそのプールでいつも泳いでいる。原題は「A Bigger Splash」。海の波しぶきより大きなうねりがこのプールで今まさに起ころうとしている予兆を感じさせる。
前半部分はややたるい気もする。声帯手術をしたティルダ・スウィントンはほぼ口がきけない状態だし、唯一映画に活気を加えられるのがレイフ・ファインズだけだ。まるでラテン系のような陽気さとワイルドさでファインズは常にハイテンションの演技を見せる。少し前ならケヴィン・クラインが上手に演じていたような役柄だけれど、さすがは実力派だけあって、ファインズも意外と悪くない。
中盤にさしかかってやっと物語に変動が起こり、そこから物語がサスペンスへと傾いていく。4人の登場人物の間に張り巡らされた情熱の糸がいつしか「事件」を引き起こす必然を思わせる緊張感は、冒頭からサスペンスフルだった。
しかし実際に事件が起きてからの展開が逆にサスペンスの緊張感を削ぐような気配で、なんとなく盛り上がりに欠けたというか、深みに欠けたという気がしてしまった。物語の着地点も、なんとなくすっきりしない感じで。
部分部分ではとてもいい点もあって、例えば22歳の娘ペンが、マリアンが6年ずつ交際した2人の恋人のことを「片面6曲のレコードみたいね」と喩えるシーン。なんて気の利いた娘だ!と思ってしまう。そのうえ「それぞれ名曲が1曲ずつあるんでしょ?」なんて付け足してしまうセンス。こういうさり気ない機知も魅力的な映画だった。
そしてとにかくティルダ・スウィントンが美しかった。シチリア島の美しい海に、スウィントンの凛々しいショートカット、白いスカートが風に膨らむなんて、美しすぎて本当に見惚れてしまった。
「ミラノ、愛に生きる」がとても好きだったので期待した部分もあったが、今回はそこまでではなかった。けれど、ルカ・グァダニーノ監督が映すティルダ・スウィントンの美しさは信用できる。