「定石をふまえつつ、原作への配慮に富んだオリジナル新作」映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
定石をふまえつつ、原作への配慮に富んだオリジナル新作
毎年の"お決まり"として、3月の春休みは"ドラえもん"なわけだが、今年はオリジナル版の年である。藤子・F・不二雄氏が亡くなった1996年以降、原作者を失い、残された長編ドラえもんのリメイク版と、オリジナル新作版をほぼ交互に公開している。そして監督は新たに「青の祓魔師(エクソシスト) 劇場版」(2012) の高橋敦史が務める。ジブリ作品にも関わっている人だ。
オリジナル新作ではダイナミックな翻案を期待したいところだが、3DCGに挑戦した山崎貴監督による「STAND BY ME ドラえもん」(2014)などは例外中の例外。高橋監督といえども、長編アニメは定石に沿った展開である。
定石というのは、"のび太とドラえもんがなにか(誰か)を発見"→"なにか(誰か)は困っている"→"ひみつ道具を持って冒険へ"というパターンである。もちろん、しずかちゃんとジャイアンとスネ夫も一緒に行動する。
ドラえもんが届けるメッセージは、単なる子供向けではない。自然科学における定理である。"ひみつ道具"は、人工物のもたらす便利さと同時に、人類の驕りや盲点を気付かせる仕組みでもある。ここ数年の劇場版ドラえもんは、"原子力のデメリット"にさりげなく警鐘を鳴らしたりしている。
今回の"ひみつ道具"は、"氷細工ごて"と、"タイムベルト"がメインアイテム。"氷細工ごて"は氷山を自由に加工できる。"タイムベルト"は同じ位置で、装着した本人だけがタイムトリップできる道具。10万年前の南極の氷に閉じ込められたモノと、タイムベルトによるタイムパラドックスがオチへとつながっていく。
氷河期の考え方では、"スノーボールアース(Snowball Earth=雪球地球)"の概念が登場する。億万年単位で動く気候のバイオリズムを客観的に説明しつつ、人工的な兵器=ブリザーガによる氷河時代の到来を示唆する表現は、ジブリ出身監督らしい。ブリザーガはいかにも巨神兵だし。しかし氷河期の人為的な要因についてはサスペンドしている。
またパオパオという宇宙動物(という設定)が登場する。羽のような耳が生えた2本足の象で「ドラえもん のび太の宇宙開拓史」(1981/リメイク2009)にも登場しているが、これは"ジャングル黒べえ"がオリジナルである。このパオパオがオチのカギを握っている。黄色のパオパオのユカタンが、青色のモフスケに変わるという趣向は、ドラえもんの由来<黄色→青色>と一緒で、監督の意図的な配慮を感じる。
今回は"タイムパラドックスのあるある展開"なわけだが、ここにはドラえもんの教育的存在意義もある。未来からきたドラえもんの設定は、SFやライトノベルにありがちな"タイムトリップの原体験"なのである。多くの少年少女が、"ドラえもん"で、"タイムトリップ"を学習し、その後の創作や読解への手助けになる。
10万年前の氷河期と、10万年光年かなたの"ヒョーガヒョーガ星"の輝きという表現でも、純粋な自然科学のロマンを披露しているところがニクい。
(2017/3/5 /ユナイテッドシネマ豊洲/ビスタ)