彼らが本気で編むときは、 : インタビュー
生田斗真がたどりついた、新たなステージ
一筋縄ではいかないキャラクターに果敢に身を投じ、さまざまな顔を蓄積してきた生田斗真。しかし、「彼らが本気で編むときは、」のリンコは、臨界点突破といえるほどの挑戦だったに違いない。性別適合手術を受けたトランスジェンダーの女性。「俳優人生の中で最も苦労した役」と認めるように、衣装やメイクはもちろん、立ち居振る舞いのひとつひとつに細心の注意を払った。女性を演じるのではなく、女性として生活することに注力したことで、その姿からはあふれんばかりの母性が漂っていた。(取材・文/鈴木元)
「お父さん役をやったことがないのに、まさか先にお母さん役をやるとは思わなかったって感じですね」
生田はこう冗談めかすが、トランスジェンダーの女性を演じるというだけで難しいことは容易に想像がつく。だが、荻上直子監督が米国生活での体験から抱いた違和感から生まれた、5年ぶりの新作となるオリジナル脚本にはそれを凌駕(りょうが)する魅力を感じた。
「そんなことはどうでもよくなっちゃうくらい、すごくいい脚本だったので絶対に関わりたい。自分の友人にもトランスジェンダーの女性がいますし、日本ではセクシャルマイノリティ(LGBT)に対する理解が他国に比べて高い方ではないと感じているので、そういう人たちも普通に生活しているんだよと知ってもらうだけですごく意味のある役割をいただいたなと思いました。ただ、どこまでリンコさんになれるかにこの映画はかかっているので、本当に大変な闘いになるなと。その予想の斜め上にいくくらい俳優人生の中で最も苦労した役でした(苦笑)」
介護士のリンコが恋人のマキオと暮らしている家に、母親が家を飛び出してしまったマキオのめいのトモがやって来る。初めは戸惑うトモだったが、惜しみない愛情と安らぎを与えてくれるリンコを徐々に受け入れ、リンコもまたトモの母親になろうという思いに至る。
荻上監督は初対面のとき「意外と肩幅があって、思っていたよりゴツイ」と絶句したそうで、女性らしく見せるために衣装やメイク、髪形はスタイリストを交え幾度となくテストを繰り返し、発声法も試行錯誤しながらつくり上げていった。それでも当然、不安は残ったはずで、それを払しょくしてくれたのが“カレシ”の桐谷健太だという。
「リアリティのある普通の生活をしている女性にしたかったし、視覚的にも聴覚的にも説得力を出さなければいけなかったのでけっこう苦労しました。それでもぬぐいきれない不安を、桐谷健太という男が全部ふきとってくれた。『きれいだよ、かわいいよ』『大丈夫だ。斗真だったらやれる』っていつも近くにいて背中を押してくれて、とても助けられました」
リンコは、マキオの母サユリの介護を担当しており、マキオがひと目ぼれして交際が始まる。後にマキオは、リンコがサユリを清拭している姿を「きれいすぎて涙が出た」とトモに告白する。撮影の序盤であったため、不安を抱えて臨んだが、サユリ役の昨年11月に亡くなったりりィさんにも後押しされた。2010年「人間失格」で映画界に導いてくれた荒戸源次郎監督に続く悲しい別れとなったが、感謝を惜しまない。
「涙が出るほどのきれいさが出せるかなって、不安要素として際立っていたシーンなんです。でも、りりィさんが『きれいよ。大丈夫よ』って優しく言ってくださって、勇気づけられたのをすごく覚えています。公開時期になれば、またお会いするだろうと当たり前のように思っていたので、ビックリしたし寂しいですね」
周囲の支えもあり、約1カ月の撮影中は帰宅してもマニキュアを落とさず、スカートをはくなどしてリンコでいることに徹したという。モチベーションを保ち撮影を乗り切れた要因として、荻上監督がこの映画に懸ける熱い思いに応えたい気持ちが強かったと述懐する。
「撮影中は、2人で手をつないで崖のふちにいるような感じ。僕もすごくリスクを負った役だったし、監督自身もようやく新作が撮れる、コケたらもう映画が撮れないかもしれないくらいの思いを持っていたので、とにかく成立させなきゃいけない、リンコさんとして生きなきゃっていう思いだけでした」
それだけに撮影後は「肩の荷がブアーッと降りた」と、作品資料に載ったクランクアップ直後のスナップ写真を見て「これもう、ちょっと男に戻っちゃっているんですよね」と笑う。しかも、その約数週間後には「土竜の唄 香港狂騒曲」の撮影が控えていたが、意外にも“バッチ来ーーい”だったそうだ。
「ずーっとリンコさんとしていろんな制約がある中でやっていたものからの、急に何でもありの菊川玲二になったので、もう本当に感情が爆発して、よっしゃーみたいな感じでちょうど良かったです。一番の切り替えになりましたね(笑)」
その後も、リンコとしてスクリーンで生きられているかという懸念は付きまとっていたが、完成した作品を見て留飲を下げることになる。
「手応えはあったけれど、判断基準が分からないから手応えがないまま終わってしまったんです。でも、仕上がったものを見て、自分が出ているんですけれどとてもいい映画だなって思った。LGBTの方が見ても、そうでない方が見てもいろんな愛の形、家族の形、生き方があるよねって寄り添える映画になったんじゃないかと思います」
小栗旬、山田孝之、瑛太ら親交のある同世代の俳優が、今や日本映画界の中枢を担っている。生田も刺激を受けないはずがない。
「若い頃から、よーいドンで走り続けてきた役者たちはもちろん気になります。面白いことをやっているとすごくうれしいし、負けていられないなと思う。同世代の役者たちが今、30歳を超えて新たなステージに向かっている感じがすごくしています」
生田自身の新たなステージとして、リンコは実にふさわしいのではないか。確実にターニングポイントになるであろうし、これほどの難役に挑み結果を出せばもう怖いものなしという気さえしてしまうが…。
「(ターニングポイントに)なればいいなと。後々になって気づく感じなんでしょうね。いつも壁にぶち当たるような役を演じた時は、もう怖いもんないぜと思うけれど、新しい作品に入ったらやっぱり0に戻るんですよ。この役にどうアプローチすればいいのか、果たして自分に務まるのだろうかって。だから、また再スタートです」
慎重ながらも、「土竜の唄」シリーズをはじめ「脳男」、「予告犯」など変幻自在のキャラクターを体現してきた生田。主演作「先生!」の公開が今秋に控えるが、次はいかなる顔を見せてくれるか注目だ。