「過酷な現実に、夢物語が光を射す。」歌声にのった少年 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
過酷な現実に、夢物語が光を射す。
ガザ地区は今なお紛争に巻き込まれている地域だ。その土地に生まれ育った子供たちにとって、未来は未来ではなく夢は夢ではない。一歩外へ出ればそこはもう瓦礫の山、という、あまりにも過酷な環境の中、そこに光を指す人物が登場する。
「歌声に乗った少年」は、アメリカン・アイドルのアラブ版「アラブ・アイドル」に出演しチャンピオンを勝ち取った、ガザ地区出身の青年の物語だ。ちょっと「スラムドッグ・ミリオネア」に近い観点だが、実話だという。ガザ地区は特別な規制のある区域なので、土地の外に出るだけでも特別な申請と許可が必要で、ビザすらまともに下りない現状が映画の中でも描かれる。一人の青年のサクセスストーリーの後ろで、紛争とそれに巻き込まれる青年たちの現実がしっかりと描き出される。純粋な少年の歌声を堪能する音楽映画みたいな邦題がついているが、これは列記とした戦争映画なのである。その戦争を描く上で、一人の美しい歌声とその勝ち取った栄光がカギを握る。過酷な生活を送る人々に差し込んだ強く眩しい光として、青年が栄光の階段を一歩一歩駆けあがっていく。その様に、人間の「生」を感じ取る。また彼の歌声からも。ハーラムという歌の特性かも知れないが、彼の歌にはどこか「神事」を思わせる神聖さがある。ここで青年の歌う歌はまさしく神事。神への祈りと怒りとが入り混じったような歌が天に昇る。ガザ地区で生まれ育ち、その過酷な半生のすべてが歌にこもったかのよう。そして彼は国境を潜り抜け、オーディションに潜り込み、夢に少しずつ近づいていく。それと同時に背負うプレッシャーに潰れそうになりながらも、虚しい戦地に光を注ぐ存在になっていく。ガザ地区に住む人々にとって、彼自身がもはや神であり、夢であり、希望になる。そんな絵空事のようなことを、真摯に描く。心を打つ。そして最後に、アラブ・アイドルになった瞬間、ガザ地区が揺れんばかりの歓声を上げる。それは束の間の希望。しかし確かに輝く光。胸を打つ。涙が出た。それは、ほんのひと時、眩しさで現実を見えなくするだけの光かもしれないけれど、それでもそういう光が射す瞬間が、人々に勇気や生きる活力を与えたりするのは事実だ。不器用な作りだけれど、歴史と現実に、夢物語が勝つ瞬間を映画にした好例だった。