「理不尽な弾圧を、自らの才能で覆した天才の物語」トランボ ハリウッドに最も嫌われた男 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
理不尽な弾圧を、自らの才能で覆した天才の物語
【イントロダクション】
ブルース・クック著『Dalton Trumbo』を原作に、1940〜50年代の“赤狩り”によりハリウッドを追放された共産主義の脚本家ダルトン・トランボの半生を描いた伝記映画。不朽の名作『ローマの休日』をはじめ、数々の脚本を偽名で手掛ける中で、彼は多くの人々を不当に追い込んだ「ハリウッド・ブラックリスト」へ立ち向かっていく。
主演はブライアン・クランストン、共演にダイアン・レイン、エル・ファニング、ジョン・グッドマン。トランボを追いつめるコラムニスト、ヘッダ・ホッパー役にヘレン・ミレン。監督、ジェイ・ローチ。脚本、ジョン・マクナマラ。
【ストーリー】
ダルトン・トランボは、映画の都ハリウッドで最も高額な脚本料を取る名脚本家。しかし、コラムニストのヘッダ・ホッパーや俳優ジョン・ウェインを筆頭とした共産主義者への弾圧の波は、ハリウッドの脚本家達にも押し寄せていた。
トランボをはじめとした共産党員の10名の脚本家は、下院非米活動委員会の公聴会で証言するよう召喚される。トランボは質問に答える事を拒否して、持ち前のセンスによって議会を翻弄する。彼らは、下級審で有罪判決を受けようと、上訴すればリベラル派が多数存在する最高裁で逆転出来ると踏んでいた。しかし、リベラル派の判事の相次ぐ死去により計画は破綻。トランボは連邦矯正施設に服役する事となる。
服役後、トランボは友人のイアン・マクレラン・ハンターに『ローマの休日』の脚本を売却し、彼に脚本の名義と一部報酬を受け取るよう指示する。
元居た家を売却し、都会に引っ越したトランボ一家。トランボは、低予算(B級)映画製作会社のキング・ブラザーズ・プロダクションで偽名を使って脚本家活動を再開する。やがて、偽名による脚本家活動が軌道に乗ったトランボは、追放された脚本家仲間達をプロダクションに呼び寄せ、彼らにも脚本製作を割り振る。自宅は事務所代わりとなり、妻クレオや娘ニコラ、子供達にも手伝わせるが、それが家庭内不和を招く要因となる。
【生き生きとした台詞のオンパレード】
全編台詞が素晴らしく、どのシーンを切り取っても名台詞のオンパレード。特にウィットに富んだ台詞が素晴らしく、字幕を追うのが心地良かった。
トランボ
「パパは国を愛してる。いい政府だ。だが、どんなものでも改善できる」
「よく知らない人を悪と決めつけるな」
「皆 間違える権利がある」
「急進派と金持ちのコンビは完璧だ。急進派は純真な心で戦い、金持ちは狡猾さで勝つ」
「思考を罪と見做してる。だが、そんな権利は存在しない。存在するなら世も末だ。強制収容所の始まりだ」
「時には想像力でさえ思いつかないことを現実がもたらす」
「一つ問題が。深刻だ。傑作だ」
「私はどの映画に関しても、書いたとは言わない。すべての作品に関わった可能性を残す。だが、駄作は全部 敵が書いた」
アーレン
「良心を摘出できるか」
「過去に戻れても、俺は何も変えない」
ハンター&ロス
(ジョン・ウェインのスピーチを前に)
「引き込まれる」
「芝居してないからだ」
ホッパー&ダグラス
「いつの間に、ろくでなしに?」
「もともとだ。あなたが知らなかっただけで」
クレオ
「気の毒ね。あなたに厄介者扱いされて」
トランボ&プレミンジャー
「どのシーンも素晴らしいと、映画は単調になる」
「こうしよう。君は全場面を素晴らしく書き、私が演出でメリハリをつける」
【感想】
不朽の名作『ローマの休日』の初期タイトルが、「王女と無骨者」という何とも地味で華のないタイトルだったのは意外だった。それを手直ししたハンターと、その案に賛成する幼いニコラの姿が微笑ましい。
獄中から家族へ宛てた手紙の文末を、自分の名前ではなく囚人番号で締めるという粋さ。獄中においても、持ち前の憎まれ口が研ぎ澄まされたままなのが彼らしい。
トランボがロバート・リッチ名義で書いた『黒い牡牛』がアカデミー賞を受賞してからの、「ハリウッド・ブラックリスト」への静かな形勢逆転への流れが良い。
ホッパーの手先がキング・ブラザーズを訪れ圧力を掛けた際、キングがバットを手に暴れ回って追い返すシーンの清々しさよ。
カーク・ダグラスに『スパルタカス』の脚本を手直しするよう依頼される辺りから追い風が吹き始め、オットー・プレミンジャー監督に半ば強引に『栄光への脱出』の脚本を依頼される件は笑える。
噂を聞きつけたホッパーは、ダグラスとプレミンジャーに圧力を掛けるが、彼らは脚本がトランボである事を公表する。それは、トランボが「ハリウッド・ブラックリスト」に勝利した瞬間でもある。
そんなトランボの信念を貫き通すキャラクターが素晴らしい。パーティーで監督のサム・ウッドに「大道具の連中にも稼がせてやれ」と食い下がる姿や、服役後にキング・ブラザーズで偽名を使って活動する中で、仲間達にも仕事を斡旋する姿には好感が持てる。時にそれが周囲との不和を招く要因にもなるが、家族との確執や仲間との決別を乗り越えて、ラストシーンでスピーチをする姿にグッとくる。
取り憑かれたかのように仕事に熱中し、ひたすらタイプライターを打ち続けては、脚本を切り貼りして構成を見直す。灰皿に山盛りになったタバコの吸い殻と傍にあるウイスキー。風呂場にすら仕事を持ち込んで、湯船に浸かりながらひたすら脚本と睨めっこする。アンフェタミン(覚醒作用のある薬)をウイスキーで流し込む姿の何と渋い事か。
そんなトランボを演じたブライアン・クランストンの熱演に拍手。
トランボの娘ニコラを演じたエル・ファニングが可愛らしい。くっきりとした目元に凛とした美しさがあり、華がある。
ヘッダ・ホッパーを演じたヘレン・ミレンは、流石は大ベテラン女優。最高に憎たらしい悪役ぶりだった。
【総評】
素晴らしい台詞の応酬と、俳優陣による熱演。至福とも呼べる映画体験だった。
トランボの信念を貫き通す姿には、幾度となく胸が熱くなった。改めて、演じたブライアン・クランストンに拍手。
エル・ファニングは、本作の後『メアリーの総て』(2017)で主演に抜擢され、公開中の『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』でも印象的な役所を演じており、彼女がスターダムにのし上がる前の姿を目に出来て良かった。