劇場公開日 2016年5月21日

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「テレサ・テンの名曲が起点にも」海よりもまだ深く 森泉涼一さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0テレサ・テンの名曲が起点にも

2016年5月23日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

公開順序でいえば前作「海街diary」の後になったが撮影は海街を撮っている間に撮った是枝監督が原点に戻ると位置づけた映画である。
実際に監督が9歳から28歳まで住んでいたという団地で撮影。外観からも本作で描かれる生活感からもわかるように決して恵まれた生活とは言えないものの、自身の生活から得た小さな出来事を細部にわたり綴っている。
作家で文学賞を受賞した良多(阿部寛)は過去の栄光に縋り、なんとかなると言い訳しながら探偵事務所で働きながら生きているダメ男。愛想を尽かして別れた妻と息子は新たな人生をスタートさせようとするが、良多は探偵の名目で妻を張り込みをすることに。未練たらたらな良多は元の生活を取り戻すために行動に出るが・・・。
今回の主役、良多は始めから終わりまでいいところが見えずダメ男を極めている。だが考ていることは男ならではの単純さが露出しすぎていてどこか共感できる部分もあるのが面白い。そして、別れた妻には未練たらたら、養育費を滞納しながら息子には会うという浅はかな考えを元に動く彼をいつまでも大人としての男ではなく息子として暖かく見守るのが団地に住む母、淑子(樹木希林)である。
「みんながなりなかった大人になれるわけじゃない」というテーマが根幹にある中で、まさにこのテーマを背負って生きているのが良多であり、この呪縛から解放するかのように名言を言い放つ淑子は今回の隠れた主役かもしれない。作品全体のユーモラスも含め影響をもたらす中心にいるのは彼女である。
「歩いても歩いても」の姉妹作と位置付けられている本作は出演者の立ち位置が似ている部分もあるが、映画作りの工程にも準じている。その一つが挿入歌にあり、脚本を書きそこに音楽をあてるという基本なやり方とは逆をいくという斬新な方法だ。今回の挿入歌は中盤付近でラジオから流れるテレサ・テンの「別れの予感」であり、タイトルもこの歌詞に由来している。さりげなくかかるこの曲を会話の最中で聴き取るのは難しいが、この歌詞が作品作りの原点ともなれば耳を澄まして聞く価値は十分にある。

森泉涼一