「始めはみんな笑っていた」帰ってきたヒトラー zhiyangさんの映画レビュー(感想・評価)
始めはみんな笑っていた
「始めはみんな笑っていた」。「本物同様な」ヒトラーがテレビのスターとして駆け上っていくなか、youtubeで自説を述べる若者が、一族をガス室で殺された認知症の老婆がそう語り、結局ほとんどの人の耳には届かず終わっていったが、終始アイロニカルで、映画館にも笑いがしょっちゅう沸き起こるこの映画のゾッとするようなエンディングを目の当りにしたとき、真っ先にこの言葉が頭を過った。
しかも、この映画のアイデアが強烈なのはヒトラーが現代に蘇り人気者になるというだけではなく、「この映画に映るヒトラーは本当に“そっくりさん”なのか?本当に本物のヒトラーが蘇って映画に出ているのではないのか?」というメタ構造をしているところにある。「始めはみんな笑っていた」という知ったような言葉を追いやって、お前らもそのみんなの一員じゃないのかと。
基本的にはコメディで間違いないと思う。ドキュメンタリーとしての一面も多分にあるのだけれど、時代のギャップを生かしたギャグとドイツの社会諷刺は日本人が見ても十分面白いと思う。「ドイツは目下迫力のあるデブ女が支配している」なんて笑うに決まってるだろ。日本人的には色々な意味で笑える『ヒトラー 最後の12日間』のパロディも出てくる。しかもヒトラーをテレビに出すことに反対だった局幹部がヒトラー化してしまうという意味深な意味まである。めっちゃ良くできたパロディ。
個人的な「良い映画」の条件は、スクリーンの向こうこそ真実の世界で、今まで自分がこの世界で本物と感じていたものこそ嘘なのでは?と揺さぶるものがあるかどうかなのだけれど、その意味では文句なしに良い映画だ。めっちゃ笑えるし。
この映画の個人的な要点は以上とクレマイヤー嬢が可愛いということなので、ここから先はまとまらない考えつならなっているだけだから、万が一この文章に目を通している人がいたら読まなくていいです。
この映画は極端な二面性があって、とにかく面白いのだけれど、評価を一言で表すには難しい。
一つはどこまでも秀逸なパロディとしての一面で、とにかく笑える。
もう一つは、まさしく現代人にとってのヒトラーの何たるかを見せつける、模擬ドキュメンタリーの一面だ。というか、看終った後に知ったのだが、実際にヒトラーが街中で人々と触れ合い、政治や社会の不満を聞くシーンは、彼(にそっくり扮した俳優)がゲリラ的に街に繰り出して撮影した、正真正銘のドキュメンタリーらしい。EUでの移民への対応を巡るすったもんだや、アメリカでのトランプ躍進である程度シミュレートできるかも知れないが、人々が抱くヒトラーへの親密さは正直予想以上のものがある。
そんな笑っていいのか笑えないのか分からない二つの側面を結びつけるものが、ヒトラーの戦略的でありながら、それ以上に天然で持ち合わせているのでは?と考えさせられてしまう魅力的な立ち振る舞いなのだ。
ヒトラーは自分が道化であることに極めて自覚的で、自分が「物まね芸人」と思われていることに気付きつつ、その方が耳を傾けてもらえると受け入れたうえで、テレビで語り続ける。しかもかつての自分の演説をパロディにしたうえで、堂々たるテレビ批判を打って出る。これが本物のヒトラーだと知っていれば拒絶する人も多いだろうが、どうせフィクションだろうと思っていればどこまでも魅力的なのだ。だからこそ、この映画を見ている自分たちは笑ってしまうのかもしれない。
問題はどこまでが「作為的な振る舞い」か分からない所なのかも知れない。「ユダヤ人ネタは笑えない」というテレビ局幹部の言葉に「確かに大問題だ」とヒトラーが応えるシーンは、実際のところ全く笑えない歴史的事実があるにも関わらず、映画館では笑いが起きたし、自分は笑ってしまった。ドキュメンタリーとフィクションがないまぜになった作品の中で、真面目ともギャグともつかない言葉をヒトラーが並べ、笑ってしまう。自分はどう考えてもヒトラーなんか支持できないと思いつつ、実際のところはどうなのか自信がなくなる。
この映画で描かれるヒトラーは教科書で語られるような凶悪そのものな思想を垣間見せる一方で、真面目に人々の言葉に耳を傾け、的確に問題点を看過し、それでいてどこか愉快で憎めない印象を与えさせる。要は何となく魅力的で、ラストに追い詰められたシーンでも、ここで死ぬには惜しいと思ってしまう。自分は決してナチスやヒトラーに詳しいわけではないが、一見真逆に感じる緑の党を唯一見どころのある政党と語り、演説の際にはジッと黙って聴衆が耳を傾けるのを待つ様は、映像や研究で描かれるヒトラー像をよくトレースしている。フィクション的に想像される作中のヒトラーも、実際にこんな風に魅力的だったのかも知れない。作中でもヒトラーをテレビに出すことに嫌悪感を覚え、激怒する人間は少なからず出てくる。しかし、「ウケがいいから」というある種「民主的な」理由によりその良心は隅に追いやられてしまう。何となく、身に覚えがあるという感じもしないだろうか。ヒトラーのほどのことはなくても、どこか問題がありそうな思想の持ち主が担ぎ上げられてしまうのは、問題があろうがそれ以上の魅力を我々が感じているからだし、過激な思想も支持しているのはないか。
9割笑えるコメディの残る1割に、自分達の中にある不気味で不都合なものを見透かされている気がする。