ぼくのおじさん : インタビュー
松田龍平×山下敦弘監督、不安の先に見つけた絶対的な自信
独自の世界感を持つ“おじさん”のおかしくも愛おしい日常を、小学生の目線で描いた映画「ぼくのおじさん」が公開される。芥川賞作家である故北杜夫さんが1972年に発表した児童文学を、山下敦弘監督が大胆にアレンジし、松田龍平がダメな“おじさん”を体現。松田いわく「他愛もない話」。それを心あたたまるエンタテインメントに昇華させたふたりに話を聞いた。
“おじさん”は、兄夫婦の家に居候し、大学の臨時講師で哲学を教えているせいか、いつも屁理屈をこね、甥の雪男(大西利空くん)をダシに義姉から小遣いをもらい、万年床でマンガばかり読んでいるダメな大人。演じた松田が「字(脚本)だけ読むとおじさんがあまりに……」と絶句するほどなので、半端ではない。そんなおじさんが、ハワイの日系4世・稲葉エリー(真木よう子)に恋をし、エリーを追いかけて雪男と出向いたハワイで騒動を繰り広げる。
山下監督は、初タッグとなる松田の魅力を「不思議な色気がある。それを自ら出そうとしているわけじゃなく、勝手にこっちが読み取ってしまう」と語る。劇中の“おじさん”とは程遠いイメージにも思えるが、「今回はそれがすごく柔らかかった。すごくじっくりできたというか、良い距離感で作れた」という。一方の松田は、「山下さんは生々しい人間くささを撮るイメージもあったし、ちゃんとおじさんを着地させてくれるような安心感があった」と信頼を寄せる。
「山下さんには、『ぼくのおじさん』の“おじさん”みたいな友だちがたくさんいそう」という松田を、山下監督は「もし僕が子どもだったら、こういうおじさんがいたらすごく良い。僕の親戚のお兄ちゃんにも子どもと同じ感覚で遊んでくれる人がいたけど、確かにその人は働いていなかったな(笑)」と、自らの“おじさん”話で笑わせる。エリーが「素敵なおじさんだと思うな」とつぶやくシーンと、雪男の担任・みのり先生を演じた戸田恵梨香の「おじさんのファンになっちゃったもの」というセリフが蘇った。確かに“おじさん”は、言いようのない魅力を秘めている。
松田は、ほかの大人とは違う感性で生きるおじさんを演じる上で「“叔父さん”というより、ひらがなの“おじさん”感」を追及した。「人の言葉を意に介さない。とにかく影響を受けない人。だからそれが変に“自分の世界でしか生きられない”風になって欲しくなかった。僕はどちらかというと影響を受けすぎて、すぐ落ち込んじゃう。だからついそういう(人の影響を受けやすい)おじさんを演じたくなるけど、山下さんは『ここは自信を持っていって欲しい』と。背中を押してもらっていましたね」
山下監督の「原作のセリフを変えるとつまらなくなる」という思いから、「前半はほぼ原作通り」だが、後半はおじさんの恋愛を主軸にしたオリジナルストーリーが展開する。松田は、初めて台本を手にしたとき、キャラクターの強烈さに混乱状態に陥ったという。「後半のおじさんをどう成立させるかというのが、自分にとっても不安がありました」「読んでは『1回置こう』。ちょっと時間をおいて、また読んでは『ん~、置こう』ということを繰り返して。山下さんに『これ、どうなんですかね?』って聞いたら、『ちょっと僕もわかんないんだよね』と言われた。それで『お、やばいぞ』って(笑)」
笑いをこらえながら聞いていた山下監督が、「でもそれで、同じポイントで不安になっているなっていうのがわかった」と“ポジ変換”。松田も「すり合わせができた」とうなずき、「結局、誰にも頼れない状況でお互い頑張ったってことなんだろうけど(笑)」と振り返った。
いざ撮影が始まっても消えなかった不安感を、ふたりは「いい思い出」と言わんばかりに笑い飛ばす。完成した作品への絶対的な自信がそうさせている。「完成作を見るとすごく面白い。もちろん撮影しながらも、『お? この映画……、お?』という感じはありました。あんなに不安だったのに、『妙だぞ?』と(笑)」(松田)
山下監督は、雪男の母に扮した寺島しのぶが、おもちゃのムカデに驚いて失神するシーンで、「ほっとした」という。「自分のなかのリアリティを相当超えたシーンだった」が、「寺島さんが何の迷いも無くぶっ倒れてくれたので、こういうことか! これでいけるぞと思った」と目を輝かせる。役者陣の振り切った演技に、「『そうか、俺だけがチキンだったな』と(笑)」と嬉しそうに反省の弁を述べた。
原作は70年代、映画は現代を舞台に描いているため、ときにはちぐはぐな印象を受けるセリフも登場する。松田は、「(原作では)恵子(雪男の妹)がハワイに旅立つおじさんに『アメリカ製のお人形が欲しいわ』と言うんです。『ここはさすがに現代のものにするんですかね?』と話していたら、そのままいった(笑)」と、山下監督の思い切りの良さと子役の小菅汐梨ちゃんの演技に脱帽。山下監督は、「恵子がまんまと成立させちゃった」「演出の幅が広がりましたね。俺以上にみんな答え持ってるぞって(笑)」としたり顔だ。
松田は、ハワイでのおじさんの様子を「すごくハイパー」と表現する。演じながら、浮世離れしたおじさんが「(自らを)見つめ直す瞬間、我に返る瞬間をずっと求めていた」と話し、終盤のおじさんがハワイの夕日を見ながら雪男の手を握るシーンで、ようやくそれが見られたとほほ笑む。「良い時もあれば悪い時もあるのが人間だと思うし、人生だから。おじさんがいつそれに気付くのかなと思っていたんですよ」
これに山下監督も「そういう作業だった気がします」と同意。「いくらでもコミカルに漫画っぽくできるけど、映画でしかできないところは考えてやっていました。前半にムカデでぶっ倒れたりしている世界観で、どう人間としての温度を感じさせるかというのは、やりながらしかわからなかった」と“戦友”松田に目をやる。松田は「(夕日のシーンは)気付いたらそういう芝居になっていて、それを画で見たときに『うわ!』ってなったんです。良かった」と安堵の表情を浮かべた。
近い将来、このふたりのタッグをまた見たい。欲を言えば、ふたりが四苦八苦しながら作り上げるダメな“おじさん”のその後が見たいと思わせられた瞬間、松田から嬉しい言葉が飛び出した。
「たぶん、パート2はどシラフのおじさんから始まる。戸田さんがびっくりするっていう。『話が違う、こんなおじさんじゃない』って(笑)」