リップヴァンウィンクルの花嫁 : インタビュー
岩井俊二監督と黒木華が出会った“必然”と“共鳴”
岩井俊二監督が最新作「リップヴァンウィンクルの花嫁」を黒木華主演で撮り上げ、3時間の大作を完成させた。国内での公開に先駆け、既に香港、台湾で封切られ、現地では熱烈な支持を得ている。映画.comでは、完成直後の岩井監督と黒木に話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)
今作に着手するに当たり、大きな分岐点となったのは2011年3月11日に発生した東日本大震災だという。「僕が『ヴァンパイア』という作品をやっている時で、震災が起こるまでは日本にフォーカスが合わなくて、日本向けの企画がうまく書けない時期だったんです。震災が発生して、日本へ戻ってきてから自分の中でスイッチが入ったというか、今後の日本について書きたいという衝動が沸き起こったんです」。
時を前後して、黒木と“必然”ともいうべき出会いを果たす。「蜷川幸雄さんが演出の舞台『あゝ、荒野』(11年10~12月公演)を見に行ったら、華ちゃんがヒロインを演じていて『この子、誰だろう』と思ったのが最初でした」。そして12年1月、日本映画専門チャンネルで担当するオリジナル番組「岩井俊二映画祭presentsマイリトル映画祭」のCMオーディションのリストに黒木の名前を見つけた岩井監督は、会ってみて「ステージだと遠いし顔もよく分からなかったんだけど、近くで見てみて『こういう子なのか』」と感じたという。「映画の話をしていく番組だったので、映画に詳しい必要はないけれど、なにかしら映画女優のような雰囲気を持っている人がいたらいいよねと話していたところに、ピタッとはまってきた。そうこうするうちに、撮りたくなってきたんです(笑)」
今作のプロデューサーを務める宮川朋之氏から黒木主演で新作映画の製作を打診され、快諾した岩井監督が脚本のもととなる原作を完成させたのが13年10月、そして改稿を重ね14年11月にクランクインする。
「番組をご一緒していくなかで、宮川さんとも対話を重ねながら、徐々に個人的に書いてきたものがつながっていったんです。いろんなテーマを書いていたのですが、ようやく着地したというか。地震の描写もなければ、津波も原発も出てこない。ただ、なんとなく震災から5年近く経った日本のどこかの縮図は描けたんじゃないかなと思っています」
映画は、派遣教員の皆川七海がSNSで知り合った鉄也と結婚するが、親族が少ないため挙式の代理出席を「なんでも屋」の安室に依頼する。新婚早々、鉄也の浮気が発覚すると、義母・かや子から逆に浮気の罪をかぶせられ家を追い出されてしまう。苦境に立たされた七海に、安室は次々と奇妙なバイトを斡旋するようになる。結婚式の代理出席に始まり、次に紹介されたのが月給100万円という好条件の住み込みのメイドだった。そこで知り合った破天荒なメイド仲間の里中真白と意気投合した七海だが、真白は体調が優れず日に日に痩せていく。
黒木は、脚本を受け取った当時のことを「とにかく、すごく嬉しかったんです。岩井さんの作品にいつか出られたらいいなとは願っていましたが、逆に『私で大丈夫だろうか』とも思いました。読んでみたら、鋭く刺さるというか、生々しいというか……。早く現場に入りたいと思っていました。監督とは一緒にマイリトル映画祭をやらせて頂いていましたのでCMの演出は受けていましたが、映画の現場での監督を知らなかったから」と振り返る。
撮影期間は昨年7月まで、実に8カ月間に及んだ。少数精鋭のもとノーライト、6Kでの撮影にも挑んだ。黒木にとっては、夢のような時間だったようだ。「高校生の頃に『リリイ・シュシュのすべて』に出合って、『なんてこった!』という気持ちになったんです。私にとってドンピシャで好きな映画だったんです。そういう映画に出合ったことがありませんでした。大好きな作品の監督の現場だけに、どういう風に出来上がっていくんだろうと考えながら参加させて頂けたのは、ただただ楽しかったです。七海ちゃんであるということさえ忘れなければ自由にさせてくださいましたし、演じているんだけど演じていないで、ドキュメンタリーみたいでした。すごく新鮮でしたし、これだけ信頼を寄せてくださいましたので伸び伸びと臨めました」。
黒木の話を隣で聞き入る岩井監督は、「とにかく思いついたエピソードは全部撮ったなあ。この話、どこまでいけるんだろうと予測がつかなかったところもあるので、とにかく思いついたエピソードは撮っていく。そうすると、だんだん映画の尺を越えていく(笑)。途中から宮川さんに『ドラマとか違う枠を用意できないですかね?』と相談しました。そういう大義名分が立てば、もっと撮れますしね。どうまとめるかを考えず、いけるところまでいってみようということになりました」と述懐。さらに、「スペックの高いカメラで、少人数体制でいけたのも、大所帯でいくと決めうちして撮らないとお金がいくらあっても足りなくなっちゃうことを想定したうえです。長丁場になると思ったからそういうシフトを組んだのですが、面白くもあったし、自分の中での挑戦になりました。これだけの量を撮ってしまったというのは、初めてに近い体験。ある種、パターン化されていた自分がどこかでいたようにも思うので、それが突き崩された感じです」と充足感をにじませる。
本編は、上述の通り3時間と長尺だが、いつまでも見続けていたいと思わせるほどに岩井監督と黒木の思いが“共鳴”していく。女優として対峙した黒木が感じた、岩井監督の凄味とはどんなところにあるのだろうか。
「凄味? いっぱいありますよ。くうう………、いっぱいあるんですよ。監督って全部を把握しているわけですから、すごい大変じゃないですか。ましてや今回はカメラも回されることもありましたし。そして撮ったもののなかから切り取っていくわけですが、その切り取られた部分がすごく素敵なんです。お芝居をしていても、知らないうちに良い方向へと導いて、引っ張っていってくれるんです」。
一方の岩井監督は、じわりと染み入るささやかな“ラブレター”を黒木へおくる。
「映画の前に番組があったので、アットホームにスタートできた。そういう環境のなかですごく自然にやれたというなかで、華ちゃんの魅力というものを何と説明すればいいか……。うん、まず僕の描きたい世界があるわけですが、主役をやってもらうのが生身の人間である以上、若干の違和感はあると思うんです。だけど、華ちゃんにはその違和感を覚えたことがないんですよね。普段感じるものを感じない、普段感じないものを感じるっていう(笑)。そういう人なんです」