「なぜ彼は闘うのか」ディーパンの闘い つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
なぜ彼は闘うのか
内戦を逃れフランスにたどり着いた偽装家族が暮らすことになった地域は怪しいギャングのような者たちがたむろする団地だった。
ここで、移民だからとかスリランカ人だからとかで酷い扱いを受ける展開かと思うでしょ?しかしそうはならない。
次に、団地のヤバそうな人たちと良い感じに親交を深めちゃうパターン来るか?と思った瞬間くらいに、この予想も裏切られる。
こんな感じで三度か四度ほど予想をかわされたわけだが、気がつけば前のめりになるほど見いってしまった。
一瞬たりとも見逃すまいと感じさせるジャック・オーディアールの演出は荒々しいのに繊細で、これだけ削ぎ落としていても事を伝えられるのは凄いことだと思う。
他のレビューを読むと説明不足を指摘しているものもあるが、「トランスフォーマー」のような娯楽作品をあまり面白いと思えなくなってしまった自分のような人間にはこれくらいでちょうど良い。
それで内容については、スリランカの内戦のことや移民のことなどテーマの核になりえる事柄は多いが、やっぱり一番はディーパンはなぜ戦うのか、だろう。
スリランカで妻と子どもを亡くしたディーパンは作品の中盤で「私の戦いは終わった」と言う。守るべき存在を失い、戦う意義が彼の中でなくなってしまったのだ。
それが、今いる疑似家族が危険にさらされ、命すらも危ないとなったときに、ディーパンはスリランカで兵士だったときの歌を歌い、ディーパン自身がここはフランスだからスプーンで食べるように娘に促していたのに自分は手で食べるように戻っていく。
つまり過去の戦う男に戻っていくのだ。それは同時に、新たな戦う意義、新しい家族、守るべき存在を見出だしたことにつながる。すでに、持っていた元の家族の写真も弔った。
ちょっと極端に言えばオーディアール版「万引き家族」だったわけだ。こちらの方が古いので「万引き家族」が是枝版「ディーパンの闘い」なわけだけど、要は血の繋がらない家族と愛の物語なのだ。
エンディングの明るい日差しと幸せそうなディーパン、そして正気を失ったディーパンを張り飛ばしたヤリニの手が彼の頭に添えられたとき、オーディアール監督の優しさと温かさがにじみ出た。名作です。