「武士の魂を持った商社マンに惚れる」海賊とよばれた男 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
武士の魂を持った商社マンに惚れる
原作は百田尚樹のベストセラーで,上下巻のかなりの分量のある小説である。一つ一つのエピソードが濃密で,読む者の胸を非常に強く打つのは,「永遠の0」と同様にこの作家の得難い美点である。あの長い話をどうやって2時間半に納めるのかと思ったが,「永遠の0」と同様に,やはりちょっとずつの詰め合わせになってしまったのは残念だった。ただ,「永遠の0」ほどの悪意のある改編はなかったし,エンディングで反日歌手の歌が流れて雰囲気を台無しにされることもなかったのは良かったと思う。
映像は,良く時代の雰囲気を再現していたと思う。冒頭の焼夷弾のシーンなど,「この世界の片隅に」を見たばかりなので,やたらリアルに感じられた。風景や車両や船舶等,非常に神経が行き届いていて,全く違和感を感じさせなかったのは素晴らしいと思った。CG が多用されていると聞いていたので,この時代設定の映画のどこにそんな場面があるのかと不思議だったが,船の進水式などの群衆は全て CG だと聞かされて,全く不自然さがなかったのに驚いた。
脚本は,要約としてまとめていた点はよく頑張ったと思うが,やはり原作を読んだ者には不満が残った。原作を読まずに見た方が良い印象が持てるような気がする。何しろ,心に深く残るエピソードが多いので,もうちょっと深く扱って欲しいという残念さがつきまとってしまうのである。タンクの底油浚いの話しかり,日章丸のエピソードしかり,妻との話しかりである。特に,イランのシーンは,英国による経済封鎖に打ち拉がれていたイラン全土を挙げての騒ぎだったというには,あまりにあっさりし過ぎていた感が強い。だが,要所要所に百田作品らしい日本人の誇りを感じさせていたところは評価に値すると思う。
役者は,非常に良く頑張っていた。特に,主演の岡田准一は 20 代から 90 代までを演じており,声の調子を巧みに変えて年齢を感じさせていたと思う。聞くところによると,特に 60 代以降を演じるに当たって,深夜から5時間ほど大声を出してわざと声を枯らし,しゃがれ声を作っていたというのだから驚かされる。また,脇を固めている面々も良く持ち味を発揮しており,特に染谷将太の演技が心に残った。また,鈴木亮平の英語の発音も立派だった。
音楽は,佐藤直紀が実に素晴らしい仕事をしていた。「BALLAD」や「永遠の0」で聞かせていた深みのある音楽は,本作でも映画の雰囲気を非常に高めていたと思う。サントラを買いたくなるほどの映画音楽に出会ったのは最近なかったことである。どんな映画でも,エンドタイトルは,観客が映画の世界から各人の現実世界に戻るまでの重要なインターフェースであり,余韻に浸るための貴重な時間である。そのエンディングで,制作費を賄うために,世界観をぶち壊しにするような安っぽい歌謡曲が流れる映画が多い中で,本作のエンドタイトルは曲中の優れた音楽が静かに流れて,心ゆくまで余韻に浸らせてくれたのが本当に素晴らしかった。
演出は良くツボを押さえていたと思う。いつの世の中でも,身勝手な役人はいるもので,おのれの利益と保身のみに汲々として意欲のある民間人に辛く当たるものだと,つくづく痛感させられた。泣かせる場面も多く,それが成立していたのは,偏に登場人物たちの仕事に掛ける熱意が本物だったからであろう。同じ目的を持った同志ほど力強いものはなく,自分の仕事を正当に評価してくれる上司ほど得難いものはない。武士の魂を持った商社マンの話だと思った。「永遠の0」がそうだったように,3夜連続の特別ドラマにでもしてもらった方が更に深い感動作になるのは間違いないのだが,本作も間違いなく良作であると思う。
(映像5+脚本4+役者5+音楽5+演出5)×4= 96 点。