「二人に試練をあたえる存在の出現が、あまりに唐突に過ぎる」溺れるナイフ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
二人に試練をあたえる存在の出現が、あまりに唐突に過ぎる
公開から半月がたったというのに、劇場を埋め尽くす女子中学生、高校生の多さに少々気恥ずかしくなりました。それだけいま最も旬な若手俳優菅田将暉の人気の凄さが光る作品です。
劇中の菅田の放つこの強い台詞「この海も山もワシのものじゃけん! おまえも…ワシのものなんじゃ!」と真顔で迫られてしまうと、思わず胸キュンとなるでしょう。菅田ファンにとって、今までにない翳を見せる新鮮な役柄にはグッと惹き付けられること請けあいです。
こんな菅田が演じるコウに、一瞬で引き付けられてしまう少女の出現にも納得。海沿いを2人乗りのバイクが滑走し、後ろにまたがった小松菜奈演じる望月夏芽が叫ぶ、「この海も山もコウちゃんのものだ! 私も…コウちゃんのものなんだ!」というコウの言葉を受容するシーン。その天を仰ぎながら、心を開放するかのように叫ぶワンシーンだけで、作品の瑞々しさの一端を垣間見ることができました。青春映画の既視感を超えた瑞々しくて、神秘さを超えた映像は、充分に大人の鑑賞に堪えるレベルのものです。これが初監督作品となる山戸結希監督は、高校生のときに原作と出会って、血肉化するほど読んできたそうです。原作者にラブレターのような熱いオファーを送ったという監督の熱い情熱は、登場人物の放つオーラの濃さに滲み出ている感じがしました。
物語は、夏芽が東京で少女モデルとして活躍していたものの、父が祖父の旅館を継ぐため、一家で海辺の町に越してきたことから始まります。ちなみに原作では小学6年生ですが、映画は中学3年生に変更されています。
引っ越してきてすぐ、立入禁止の神域となっている磯に、禁を犯してはいった夏芽は、そこでコウと出会います。
海からあがってきたコウに、夏芽がひきこまれてしまう峻烈な出会いの一瞬は、その後も映画のなかで何度もくりかえされるシンボリックなシーンでした。一目ぼれといった凡庸な表現はそぐいません。
それは夏芽の中学校の授業でチラッとふれられる、イザナギとイザナミの出会い=まぐわいを思わせる、神話的なかがやきをはなっていました。
この世界がまるでアダムとイブしかいなかった神話の時代になったかのような思春期の全能感。山川草木の一切がふたりの世界に占められたのでした。
それを熊野という舞台がいっそう神秘化していきます。熊野の神社の火まつりで先陣切って踊るコウ。
けれどもこのあと夏芽は、自分のファンにレイプされそうになって、二人が放っていた全能感は、現実の衝撃に引き戻されます。夏芽を助けることができなかったことを悔やむコウは、夏芽とは会わなくなり、荒れる生活に。
二人に試練をあたえる存在の出現が、あまりに唐突に過ぎていたり、犯人の末路やコウとのその後の関係も夢か現実なのかはっきりさせないで未消化に終わることに不満は残りました。そして海中にただようナイフの映像が繰り返されることにも、『溺れるナイフ』とは何のメタファー何だろうか?とも(^^ゞ
それでも、ふたりの心が強い縁で結ばれていて、どんなに離れてしまおうが思いは繋がっている感動を強く感じることでしょう。
ふたりを繋ぐ「運命の関係」。それは、『恋』と表現するのはいささか違和感を感じさせるものがありました。男女だから『恋』に見えるかもしれません。もしかしたらほかにふさわしい形容する言葉があるかもしれません。ただ夏芽は、それを勝手に恋愛だと思い込んでいたのです。夏芽はコウに恋愛モードで寄っていくわけですが、コウは全く腑に落ちていなくて拒否したりする場面があるのは、そのためなんでしょう。
そして、そんなコウとの関係と対比させたくて、クラスメートの大友が出てきて、夏芽に恋愛をする流れが加わったのだと思います。
夏芽にとっても、恋なのか、何なのかはっきりしないもどかしさを感じさせるところが、他の青春映画と大きく違う点です。見る人によって受け取り方が全然違ってくるのでは?コウの存在は夏芽にとって大きすぎて、むしろ突進していく標的な感じがしました。そけだけ夏芽はすごく感情で生きていて、コウは冷静で客観的。大友が恋をしているのは伝わって分かるんですけど、やっぱりコウという存在は夏芽とって衝撃的なものだったですね。
そんな「運命の関係」が描かれた本作は、10代の登場人物たちのほとばしるような思いが、同世代の読者の心にまで“感染”し、熱狂をもって受け入れられてきたそうです。10代の恋は、素直になれなかったり、知らないこともいっぱいで、自分を守るのにも精一杯で相手を傷つけたり、なかなかうまくいくのが難しいものなのではないでしょうか。
結婚を考えずに感情のままいられる10代の恋。本作には、きっと10代にしかできない恋というか、キラキラ感じが一杯詰まっているのでしょう。海に溺れていくナイフの映像。それは、ヒリヒリした感じの青春を切り取っている姿そのものではないでしょうか。普通の恋愛映画とは全然違う、考えさせられる衝撃的な作品だと思います。