劇場公開日 2016年12月17日

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「埋めたままではいけない歴史」ヒトラーの忘れもの 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0埋めたままではいけない歴史

2017年7月14日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

怖い

……誰だ、『ヒトラーの忘れもの』だなんて
ポエムみたいなタイトル付けたのは。
なんかちょっとセンチメンタルな雰囲気の映画と
勘違いしそうだが、全然そんなんじゃないです。
かなりヘビーだし緊迫感も相当なもんです。

1945年、ナチスドイツ占領下から解放されたばかりの
デンマーク。ナチスが海浜に埋めた220万個もの地雷の
撤去を命じられたのは、敗残兵となったドイツの
少年兵達だったという、史実を元にしたドラマ作品。
東京国際映画祭の上映時は『地雷と少年兵』という
タイトルで上映されたそうな。ややストレート
過ぎるきらいはあるが、こちらの方が断然好き。

...

英題『LAND OF MINE』は『地雷の土地』とも
『私の国』とも訳せる。
主人公格にあたるラスムスン軍曹が冒頭、ドイツ兵に
「俺の国から出ていけ!」と吼えるが、この映画に
おける『私の国』は、当時のデンマーク人がドイツ人に
抱いていた強固な憎悪を如実に表す言葉なのだろう。

国を占領され仲間や家族が殺されたのだから
その憎悪は至極当たり前の感情だと思うが、
その憎悪が戦争に加担した少年兵たちに
浴びせられるとなると、事情はもっと複雑だ。

自国の正義を教育として刷り込まれ、他国を侵略
するための訓練を施されたとはいえ、彼らはまだ
善悪の判断もおぼつかない子どもである。
兄のことを嫌わないでほしいと懇願し、
帰ったら腹一杯に飯を食べたいと笑い、
ぼろぼろの故郷を復興させたいと夢を語り、
母親に会いたいと泣き叫ぶ。
そんなほんの小さな少年である彼らに、
ナチスに対する憎悪すべてが注がれる。

...

砂浜の地雷を手探りで見つけ、素手で信管を
抜いて解除するという死と隣り合わせの作業。
そんな凄まじい緊張を強いられる作業を数万個。
いつ地雷で体を吹き飛ばされないか分からないし
(砂浜での最初の爆発では思わず「ヒュッ」と
 音を立てて息を吸い込んでしまった)、
『死の行進』のシーンなどは恐ろしくて息もできない。

気の遠くなるほど過酷な作業を数ヶ月間も
強いられるのに、十分な設備も食料も与えられない。
食料については意図的に支給されなかったりもする。
第一、地雷を撤去した所で誰も誉めてくれなどしない。
なぜかって?
奴らがやったことを奴らに尻拭いさせているだけだ。
食料が足りない? 自国だけでも大変なのに、憎き
ドイツ兵共にくれてやる食料などあるはずがないだろう。
誤って腕や頭を吹き飛ばした? それがどうした?
それこそ自業自得だ、いっそいい気味じゃないか。
さっさと代えを用意すればいいだけの話だ。

むごい言い方だが、軍の上官や一般住民
にとって、少年達の価値はその程度だった。

...

少年達を監督する役目を負ったラスムスンは違った。
冒頭で「俺の国から出ていけ」と憎悪を露にしていた彼。
初めこそ冷徹に少年達を監督しようとするが、
彼らと直に接する内にその気持ちが揺らいでいく。
彼と利発な少年セバスチャンとの交流には特に心を打たれる。
彼らが二人で笑い合い、肩を抱き合う瞬間には
目頭が熱くなった。敵国同士でさえなければ、
彼らはきっと良い友人になれていたはずなのに。

ラスムスンの取ったあの行動。
気持ちを伝えるように、何度も何度も彼の方を振り返る
セバスチャン。あくまで素っ気無い態度のラスムスン。
重い重い物語だが、それでもこの映画には救いがある。
絵空事かもしれないが、ここに描かれているのは
こうありたいという人間としての希求でもある。

...

不満点は、ラスムスンや海辺の母娘について
もっと背景を描いてほしかったという点。
これくらい曖昧でもそこは良い部分かなとも
思うが、ラスムスンやあの母親の憎悪をもっと
詳細に描いて、後半とのコントラストを強めて
ほしかった気がする。殆ど個人的な好みだけど。

しかしながら、秀作でした。
戦争で憎しみを抱くな、というのはとても難しいが……
憎しみは人の目を曇らせる。憎しみに身を委ねると、
いつの間にか、自分自身が最もなりたくなかった
怪物に近付いていることも有り得るのだろう。
大満足の4.0判定で。

<2017.07.05鑑賞>
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長い余談1:
出張の関係で映画.comさん運営の
『アミューあつぎ 映画.comシネマ』にて鑑賞。
実は2度目(前回は『ブルックリン』を鑑賞)。
スクリーン小さめながら上映作品はどれも上質。
上映前にスタッフさんが、作品にまつわる
トリビアを紹介してくれるってのが素敵です。
また機会あればお邪魔します。

長い余談2:
それにしても、ナチス絡みの映画の邦題には
『ヒトラー』を入れないといけない
という法律でもできたんだろうか。
近頃やたらめったら多い気がしません?
さっと思い付いた限りでかの“総統”の
名を冠した映画の原題を調べてみた。

・『Der Untergang(没落)』
→『ヒトラー 最期の12日間』

・『Er ist wieder da(彼が戻ってきた)』
→『帰ってきたヒトラー』

・『Im Labyrinth des Schweigens(嘘の迷宮)』
→『顔のないヒトラーたち』

・『Die Fälscher(偽造)』
→『ヒトラーの贋札』

・『Elser(エルザー:主人公の名前)』
→『ヒトラー暗殺、13分の誤算』

・『Jeder stirbt fur sich allein(死ぬ時は誰もがひとり)』
→『ヒトラーへの285枚の葉書』

・『The King′s Choice(王の選択)』
→『ヒトラーに屈しなかった国王』

へぁ!? 原題にひとつも『ヒトラー』がいない!?
Mein Führer, wo bist du?(総統、どこですか?)
最初の2作品はずばり本人が主人公だし、
良いタイトルもあるにはありますけどさ……
本作も含め、邦題決めてる方々はヒトラー=ナチス
という安易な連想に頼り過ぎじゃないですかね、最近。

浮遊きびなご
しゅま子さんのコメント
2017年9月14日

なんでこの邦題!?って思うことは相当ありますね・・・
最近また、ナチス関係扱った映画が増えている気がしますが、どうなんでしょう。

目、見開きっぱなしで見てしまいそうな映画ですね・・・
ダンケルクの最初の方でも簡単に吹っ飛ばされてしまう、主要人物以外の人物についても思いましたが、物語内で役割のある人間と、それ以外の人間の命について同じように重く感じさせてくれることって、この手の映画で、少ないような、、、、
黒沢明の「どですかでん」で、浮浪者親子の場面在りましたが、あの中では、それぞれの命の重さが、平等に思えました。それがまた凄いとも、、、、

ビクトリアへのコメントありがとうございました。
非常に臨場感あるので、楽しめるかと思いますよ!

ダンケルクについて、おっしゃる通り、乾いたトーンで一貫させずに、感動的シーンみたいなの入れてるのとかが、自分も、んんん?な気持ちに。
戦争をテーマとすると、見る側を意識してしまうのかなぁ。
世界中でヒット、って映画って、なんか、ぬるく感じがち・・・
この監督には、戦争テーマじゃないほうが、っていうのも、そんな気がします。
分かりやすく興味深い返信ありがとうございました!

ミニシアター系映画の方がたくさん観ていますが、レビュー殆んど書いてません、、、試写会当たった時とか、なんとなく書いたり・・・
浮遊きびなごさんのレビューの映画の中では、トゥルーロマンス、ロック、シャイニングは観ましたが、トゥルーロマンスなんかは、ラストがどうのとか色々あるみたいですが、個人的には、好きな映画でした。誰がなんと言おうと好きなんだ!ってのに出会えると嬉しいですが、なかなかねーー・・・

ケネス ブラナー、ぱりっぱり!笑、現し方、上手ですね~笑
レビューの表現力と伝達力感心しました。
参考になりましたよ~ ありがとうございました!
・・・・こちらこそ、長々と失礼しました・・・

「ヒトラーの忘れもの」、気力体力ある時に観てみたいと思いますw
双方の心理を描いているのは、きっと、相当きついだろう
(しかしダンケルクで、話しない兵士が、フランス人と分かって追い詰められるところでは
なんでそこで、他のことでごまかす~~!!もっともっとどうなるか描いてよ!!と思いましたが。)し、緊張感でへろへろになりそう・・・

しゅま子