「残酷さを超えた崇高さ」レヴェナント 蘇えりし者 REXさんの映画レビュー(感想・評価)
残酷さを超えた崇高さ
あらすじは一行でかける。
ヒュー・グラスの姿に何を見いだすか。
人間が動物にまで貶められたと取るか、それともあるべき原始の姿に戻ったと取るか。
自然光のみで撮影したという圧倒的なリアリティ。監督が特にこだわったという夜明けや、夕暮れのマジックアワーは神々しく、薄明に照らされた雪原や森林はひれ伏したくなるほど美しい。
その中で繰り広げられる命のやりとり。人間も獣も、その日生き延びることだけを考える。命のやりとりに残酷さを超えて、崇高ささえ感じる。
私は登山が趣味で、テントを背負って3~4泊山を縦走することがある。
だから、ヒューの目を通して一緒に山野を歩いている気持ちに陥った。
無心になり、ただひたすら一歩を繰り出す。 苦しさは次第に薄れ、自分の体が自分の物ではないような、その場の一部になったような奇妙な浮遊感を覚え始める。
鳥の声が聞こえたら天を仰ぎ、太陽が出てきたら立ち止まり暖かさを感じ、水があれば喉を潤しその美味さに感動し、眠るときは風の咆哮に身を震わす。
しかし日の出の瞬間は、世界がいっせいに目覚めたような感覚が肌を駆け巡り、雄叫びを上げたくなるほど無性に嬉しくなる。
ヒューは、瀕死の状態で何を考えたか。
最初は復讐にたぎる目をしていた。
しかしジョンを追いながら、肉や水が五臓六腑にしみわたる喜びを得て、メディシンマンに救われ、馬の屍肉を切り裂き腸で暖をとり、過酷なサバイブをしていくにつれ、自分が生きていることに不思議な感銘を受け、魂が浄化されていくようにも見えた。
生きたいという大きな欲と無我の境地は相反しているのに、不思議だ。
人間社会のモラルが酷く陳腐に思えるのだ、大自然の中では。
最後、ジョンの命を自然の成り行きに委ねるヒュー。結局人間がジョンに止めを刺すことになるのだが、人間も自然の一部だという表現なのかもしれない。
感動を生むのは、グリズリーに襲われる場面、突然飛んでくる銃弾や矢、崖から馬と共に落下する場面など、映像の奥行きと臨場感の凄まじさがあってこそ。
長回しの手法をとってはいるが、体験型劇場にいるような「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」とは違って、その場に放り出された感覚に陥った。なまじ、3Dなどより生々しい「生」がここにはあった。