「文化史的記号の宝庫」幽幻道士(キョンシーズ) 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0文化史的記号の宝庫

2023年5月22日
iPhoneアプリから投稿

やはり映画は視覚だ。視覚に対してどれだけ強烈な印象を残せるかが一番のキモだ。

顔に「勅命陏身保命」と書かれた黄色い札が貼り付けられた満洲族風の動く死体、とこれだけでも特異かつ強烈なのに、加えて両手を前にだらんと構え両足でケンケン歩きまでするキョンシーという妖怪。これだけで映画が一本撮れるし、実際巷には何十本とキョンシーものが横溢している。

物語の筋はいたってシンプルで、不手際からキョンシーとなってしまった親方を4人の弟子と老道士とロリ道士が力を合わせて撃退するというもの。しかしこの物語の簡素さゆえに本作はキャラクターものとしての不動の地位を獲得しているといえる。

前述のキョンシーもさることながらリュウ・ツーイー演じるロリ道士のテンテンが底無しに可愛い。おそらく吾妻ひでおや内山亜紀あたりの80年代ロリ漫画カルチャーにも少なからず影響を与えているんじゃないか。目の覚めるような真っ黄色の衣装はさながら『死亡遊戯』のブルース・リーのよう。この幼さにして既にスター女優の耀いを湛えている。お札や霊罰棒を振り回す所作の女児らしからぬキレの良さも見ていて清々しい。

もちろん4人の弟子たちや老道士の金さんたちもまたキョンシーやテンテンの存在感に負けず劣らずの活躍を見せる。特に霊術を発動する際の金さんの手の組み方がメチャクチャカッコいい。『NARUTO』や『呪術廻戦』なんかの源流は言うまでもなくこうした中国の伝統的な霊術や武術に端を発するものだろう。4人の弟子がテンテンの不手際から偶然見出した「特殊霊魂」という変身形態も面白い。兎にも角にもあの世とこの世の境目にいる状態のことを「特殊霊魂」と訳出したセンスに万雷の拍手を送りたい。

粗雑な元ネタ推察をもう一つさせていただくなら『カードキャプターさくら』の李小狼なんかは完全にキョンシーそのものだろう。ルーツが中国系だからキョンシーでいいだろという安易だがそれゆえに普遍性のあるキャラメイクが結果的に功を奏したことは今なお根強いCCさくら人気が証明している。そういえば数年前の渋谷ハロウィンでもやけに露出の多いキョンシーのコスプレをした女をちらほら見かけたな。

とにかくその後の文化史に絶大な影響を与えることになる視覚的記号がそこかしこに散りばめられた傑作だった。これを機に本作のさらに「元ネタ」である香港の『霊幻道士』シリーズも見てみようと思う。

ちなみに本作はエドワード・ヤンやホウ・シャオシェンらが主導する台湾ニューウェーブ以前の台湾映画ということもあり、それゆえか全体的に香港映画の色調が強い。雑技団の少年たちは当たり前のようにカンフーに精通しているし、しかも誰一人それに驚かない。物語そのものが冒頭のオッサンの語る妖怪譚であるというある種劇中劇的な構造も、ポストモダン的なスノッブさとは無縁の微笑ましさが感じられる。となれば台湾ニューウェーブ以前のローカル色の強い台湾映画により興味が湧くというものだが、戦前の中国映画やアジア通貨危機以前の韓国映画同様に見る手段と機会がきわめて限定されているのが悔しい。

因果