劇場公開日 2016年8月27日

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「大竹しのぶは演技怪獣ゴジラだった。」後妻業の女 ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5大竹しのぶは演技怪獣ゴジラだった。

2016年9月27日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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「生きるのに必要なのは欲望だ」とチャップリンは「ライムライト」の中で言っている。
ということは「スケベ」と「金」が大好きな人は、人間という動物としてむしろ健全なのかもしれない。
本作は結婚相談所の所長の目を通して、人間のあられもない、むき出しの欲望を描いてゆく。
物語はテンポ良く進むし、観客を飽きさせない工夫がなされている。良くできた脚本であると思う。
そして何よりキャスティングがいい。
結婚相談所の所長であり、やり手の青年実業家、柏木亨に豊川悦司。
そして彼の古くからのビジネスパートナー、竹内小夜子に大竹しのぶ。
この二人が狙うのは老人である。条件がある。
①資産を持っていること
②独り身であること
③病気持ちで余命が永くないこと。
結婚相談所の柏木は、熟年向けの婚活パーティーをひらいている。
この席にはもちろん小夜子も「仕込み」として出席している。
ふたりはここで、上記3項目に当てはまりそうな相手を見つけ出す。
このようにして小夜子は、いままで8人の男の妻となり、柏木とともに遺産をまんまと手に入れてきた。
 今また9人目のターゲットが目の前にいる。
 元女子短大教授の中瀬(津川雅彦)である。小夜子は首尾よく中瀬の「後妻」の座に就き、筋書き通り夫は間も無く病に倒れる。中瀬の遺産は、今回も小夜子と柏木の手中に転がり込むはずだった。
しかし、ここで中瀬の次女、朋美が立ちはだかる。気の強い一級建築士、朋美は友人の弁護士、守屋に、今回の遺産相続の件を相談した。
弁護士守屋は小夜子の正体を見抜く。
「これはプロの手口だ。『後妻業』だよ」
こうして後妻業のプロフェッショナル、小夜子・柏木チームと、朋美たちとの、遺産を巡る闘いが始まるのである。

この時、小夜子たちが朋美の前に、誇らしげにかざして見せるのが「公正証書遺言」である。
僕の知人の行政書士さんは「終活」講座を開いている。今、大流行りである。その席で、必ず受講者に勧めるのが「公正証書遺言」を作っておくこと。
講師の彼の話では、遺産相続を巡り、骨肉の争いになるのは、意外にも少額の遺産の場合が多いそうである。なかには相続の話し合いの場で、包丁を持ち出して大荒れになったケースもあったそうだ。
そんな不毛な争いを一発で解決するのが「公正証書遺言」なのである。
本作の小夜子と、所長の柏木は、この書面の効力が、いかに絶大なのか、をよく知っているのである。
本作での見所は、もちろん、大竹しのぶと豊川悦司の切れ味のいい演技の「饗宴」だろう。
大竹しのぶ、という女優。
今までどれだけの称賛を浴びてきたことか。
本作を見て改めて
「ああ、この人は怪物だな」とおもう。
というより「演技怪獣だ」と思った。
表面上は大竹しのぶという「着ぐるみ」を着ているが、中身はじつは「演技怪獣ゴジラ」なのではないか? とさえ思える。
本作では、狙った獲物である資産家の老人たち、その人生や親族までをも、まさにゴジラさながら、破壊しまくってゆくのである。
小夜子にはやがて、朋美という強敵が現れる。
演じるのは尾野真千子である。
実際、この二人は焼肉店のシーンで、人目もはばからず、取っ組み合い、殴り合いの大立ち回りを演じる。
「そして父になる」で共演した真木よう子に言わせると
「私よりオッさん」という尾野真千子。
根っからそういうキャラだからこそ、怪物女優大竹しのぶのほっぺたに、遠慮なく平手打ちを食わせることができるのだろう。
結婚相談所所長役の豊川悦司の演技も良かった。
一言で言えば彼の役どころはインテリヤクザなのだ。
銭と法律に関する知識と経験。人を操る人心掌握術。ヤバイ状況に追い込まれてもとっさに機転を利かせ、危機を紙一重ですり抜けてゆく男。
やはり才能がある。
一流の「ワル」になるためには、もちろん、それなりの努力も必要だ。
どういうシナリオでお宝を手にするのか? その企画力と見識、さらに、こまめに動くフットワークの軽さ。何より働き者でなければならない。
金が持つ魔力に取り憑かれた、人物たちを描いた傑作として、伊丹十三監督の「マルサの女」「マルサの女2」がある。
見事なまでの巧妙で精緻な脱税の手口。描かれる人物像を見ていていつも思う。
金のため、脱税のため、それだけの努力ができるのであれば、どんな職業についてもそれなりに成功を収めるだろう。では、なぜ合法的な経営をしないのか? 疑問は残るが、本来まっとうな人間の感覚さえ、麻痺させてしまうのが「お金」の魔力ということなのだろう。

なお、本作においての笑福亭鶴瓶氏の演技は、まあ悪く言ってしまえば「客寄せパンダ的」である。
この人ほど、映画やドラマで「演じる」ということに関して「魂の入り方」がすぐわかってしまう人も珍しい。今スイッチはオンなのかオフなのか、素人にでもわかるのである。
本作ではもちろんオフの状態の演技なのだが、それでも完成版でOKを出したのは監督である。
本作において、この人物抜きにしても、ストーリーの流れとしては全く影響はない。笑福亭鶴瓶氏の、役者として最高の演技を引き出したのは、西川美和監督である。「ディア・ドクター」をみれば、バラエティ番組などで稀有な才能をみせてくれる、上方落語家が、一旦役者のスイッチが入った時、その潜在的能力のすごさに圧倒されるだろう。

ユキト@アマミヤ