「生身の人間の真実の姿を、リアリティ持って描く西川美和」永い言い訳 琥珀糖さんの映画レビュー(感想・評価)
生身の人間の真実の姿を、リアリティ持って描く西川美和
2006年作品。原作・脚本・監督・西川美和。
「人間失格」を書いた太宰治、
「堕落論」を書いた坂口安吾、
妻を交換しあった谷崎潤一郎と佐藤春雄。
作家(文子)の端くれで文化人である本木雅弘の演じる津村啓。
その津村にも作家のDNAは脈々と流れ受け継がれている。
津村の本名は鉄人・衣笠祥雄と同姓同名で妻・夏子(深津絵里)から、
サチオ君と呼ばれている。
その呼び名に子供じみたイチャモンをつける津村。
本木雅弘がよく引き受けたと思うほど、サチオは最低の男である。
冒頭の妻との会話。
あまりの難癖の付けように、
妻とはこれほど人間性を否定されても、夫に我慢して尽くすものか?
唖然とする。
(後半明かされる夏子の衝撃的なスマホへの書き込み。本音。)
愛人(黒木華)と妻のベッドで睦み合う津村。
その最中に留守電が鳴る。
「妻の交通事故」を知らせる山梨県警からのメッセージ。
そして山梨県で荼毘にする津村。
そして事故で一緒に亡くなった夏子の親友・大宮ゆきの夫・大宮陽一
(竹原ピストル)から、泣いてる留守電を受ける。
そして電話を掛けて会う決断をする津村。
その後の行動は屑男を返上する美談なのだ。
大宮の電車一本で着くというマンションに週二回通うサチオ君。
大宮の息子の真兵の中学受験のサポートだ。
息子(藤田健心)は小6。
灯(あかり=天才子役の白鳥玉季)は来春・小1になる年齢。
そして子供のいない津田は、真兵と灯とのシーンは、
擬似親子のままごと的で心暖まる。
(西川美和が話していたが、未婚の西川が叔母の立場になり甥とか姪を
持った事が本作に色濃く投影した・・・と、)
津村の編集者の岸本(池松壮亮)は、子供たちの世話をすることで
癒される津村に、
「逃避ですか?」
「子供は免罪符」と自分の幼い子らの待ち受け写真を見せる。
そうなのだ。
津村は子供・・・子供のない夫婦の夫は幼稚である・・・
などと書くと差別発言と叱られるが、
子を持つことは「忍耐を学ぶこと」
結婚することも同じく「他者」を受け入れて自分の一部として
認める寛容を必要とする。
前置きが長くなったが、妻を突然亡くした2人の男。
一人は不倫中で“妻の死を本心から悲しまず、泣けない男“津村。
と、泣き崩れ悲しみに押しつぶされる親友の夫・大宮(竹原ピストル)
西川美和の人間描写が凄まじい。
会話の妙。
津村と真兵と灯そして陽一の睦まじい日々に喜びを感じる津村。
そこに割り込んでくる幼稚園教師の優子(山田真歩)
あんなに泣いて、苦しんだ陽一が、
「今泣いたカラスがもう笑った」みたいに優子との再婚もアリ・・・
みたいに立ち直りつつある。
そこに自分を除け者にされたと感じる津村の子供じみた嫉妬。
(会話を100%書き写したくなるけれど、そこは自重します)
《人間が描けている=心の機微が痛いほど迫ってくる》
竹原ピストルが実に上手い。
儲け役かもしれない・・・けれど長距離バスの運転手・・・
その仕事をする男の妻を亡くした悲しみを、ここまで生身の同情出来る男
として演じる竹原ピストルは凄い(歌手としても、好きです、特に歌詞がいい)
そして3子の父親でありながらその事実を微塵も感じさせることなく、
欠陥人間、文化人の嫌らしさ、不幸も書いて出版して飯の種にする・・・
作家の性(さが)。
本木雅弘のリアリティある演技も凄い。
「おくりびと」(2008年が実に良かった)
仕事を選ぶし、働かない(義母樹木希林の言葉)本木雅弘が、
久しぶりに演じたいと感じた役は屑男の再生・・・だった。
子供たち(福田健心と白鳥玉季)が実にイキイキして可愛い。
格好いい津村と父親を比べて、父親(竹原ピストル)が劣って感じ、
なじる真兵・・・
それもこれも人の心・・・
竹原ピストルが妻(堀内敬子)からのバス中から残した最後の留守電。
繰り返し聞いていたそれを消去するシーン。
(凄すぎるシーンだ)
2017年キネマ旬報ベスト・テンの第5位。
キネマ旬報・助演男優賞(竹原ピストル)
毎日映画コンクール・男優主演賞(本木雅弘)
原作「永い言い訳」は山本周五郎賞を受賞。
直木賞の候補作にも選ばれた。
大人の観る日本映画の傑作・・・
「ゆれる」と共にまたしても西川美和には、驚かされる。
今後ともよろしくお願いいたします。
明日までに「ゆれる」を見ます。
面白そうですね。
私は本当に映画のことは何も知りませんので、頓珍漢名ことが多いと思いますが、何も知らないまま見た「セブン」の衝撃をまた感じたいと思っているのかもしれません。
おはようございます。
毎回長々としたレビューを読んでいただきありがとうございます。
琥珀糖さんのおっしゃる通り、サチオはヨウイチほど簡単に再婚には踏み切れないと思います。
この作品もそうですが、タイトルに少し違和感を感じます。
そのタイトルの文字に主語などがなければ言葉にならないのです。
そしてこの作品は、誰が誰に対する言い訳なのかははっきりしていますが、何の言い訳なのかよくわかりません。
そこにこそ秘密が、面白さがあるのだと思いました。
相変わらずの情報量恐れ入ります。
私もしばらく前に地上波で見たはずですが、酒を飲みながらだったのでほとんど記憶にないものでした。
今回は重い腰を上げて再視聴したというのが本音ですが、再発見があったのは良かったと思いました。
琥珀糖さん
コメントへの返信を頂き有難うございます。
西川美和監督、優しい雰囲気の素敵な方ですよね。
私は、本作、「 ゆれる 」、「 ディア・ドクター 」、「 素晴らしき世界 」です 🎞️