「劇場で観るべきだった一作。」インデペンデンス・デイ リサージェンス kobayandayoさんの映画レビュー(感想・評価)
劇場で観るべきだった一作。
2017年5月10日の夜にTSUTAYAのケータイ100円クーポンを利用して、レンタルで鑑賞。
公開当時は『ユニヴァーサル・ソルジャー(1992年)』、『スターゲイト(1994年)』の監督と脚本家で知られていたローランド・エメリッヒとディーン・デプリンのコンビが俳優としてブレイクし始めていたウィル・スミスを主演に迎えて、1996年に放ったSF大作『インデペンデンス・デイ』から20年が経過し、まさかの続編である本作『インデペンデンス・デイ〜リサージェンス〜』が製作され、公開から半年以上の月日を経て、やっと観ることが出来ました。
エイリアンの侵略から人類が一丸となって立ち向かい、撃退してから20年が経過した世界において、エイリアンが遺した技術で大規模な発展を遂げた人々は7月4日の独立記念日を迎えようとしていた。しかし、再びエイリアンが地球侵略を開始し、デイヴィッド(ジェフ・ゴールドブラム)、元大統領のホイットモア(ビル・プルマン)といった英雄たちがパイロットのジェイク(リアム・ヘムズワース)、ディラン(ジェシー・アッシャー)と共に新たな脅威に立ち向かう(粗筋)。
前作は劇場で鑑賞し、当時、小学2年生だった自分は大変、そのスケールと話の面白さに圧倒され、非常に気に入り、VHS、DVD、地上波放映と繰り返し観ており、エメリッヒ監督作としては『ユニヴァーサル・ソルジャー』と匹敵するほど大好きな作品だったので、続編が20年ぶりに製作されることを知った時は驚くと共に嬉しい知らせだったのですが、近年は大作において、公開される頃には冷めて、どうでも良くなる事が多く、本作もそのようになり、公開時はスルーしてしまったのですが、今はそれを後悔(今後に名画座で上映される機会があったら、何としてでも観に行きたい)しています。それぐらい、個人的に本作は大当たりな一作です。
前作はインパクトが大きく、街が破壊される描写は近年の『トランスフォーマー(2007年)』、『アヴェンジャーズ(2012年)』、『マン・オブ・スティール(2013年)』等に受け継がれているので、そのインパクトの再来を期待すると肩透かしを食らうのは間違いなく、エイリアンによる攻撃シーンはあまりパッとしない印象がありますが、その後の人類側による反撃シーンでは、そのパッとしなかったところを吹き飛ばし、帳消しにするぐらいの衝撃と興奮、インパクトが満載で、人類による技術の発達によって、互角に戦える描写があったり、逆に前作の戦術が通用せず、苦戦するといった意外性もあり、この手の大作にありがちな「20年ぶりの続編なんだから、前作のお復習も兼ねて核ミサイルを母船に撃ち込んで、ギリギリで脱出、勝利して終わるんだろうな」という予告からの予想を良い意味で裏切る展開が満載で、とても満足できました。CGを使っていても、そうは見えなかったほどリアルな描写に溢れていた前作とは違い、今回はフルCGのシーンが多いですが、“ID”らしさを損なっておらず、一部、子供の頃にプレイしたフライト・シューティング・ゲームを思い出させるようなところもあり、懐かしさを感じさせていて、悪い印象は全くありません。
前作のウィル・スミスは画面に初登場した段階から「スゴそうな人が出てきた」と思ったほど、カリスマ性があり、それと比べると、本作のリアム・ヘムズワース、ジェシー・アッシャー、アンジェラ・ベイビーといった若い俳優たちは印象が薄いところがあります。それは本来なら若手の俳優が大活躍する構成にするのが当たり前なのに、それをせずにジェフ・ゴールドブラム、ビル・プルマン、ジャド・ハーシュ、ブレント・スパイナーといった前作の面々、ウィリアム・フィクトナー、シャルロット・ゲンズブール、デオビア・オパレイ、セーラ・ウォードといった人たちを含め、ベテラン勢が目立つ構成にしていて、その大半が久々に姿を見せるので、ここ数年は名前を聞かなくても、出てくるだけで存在感が大きく、若手の俳優たちを喰うぐらいの活躍(若い面々も他のこの手の作品と比べると頑張っている方です)を見せ、おまけに彼らが必要不可欠な話になっていて、もし、彼らの役割を若手が担っていた場合には、少し無理のある話となった可能性もあるかもしれないので、これで良かったんだと思っています。ただ登場人物が非常に多く、その点がゴチャゴチャし、話のテンポも少し悪くしているので、少々、見ていて、かったるさを感じることも少なくありません。前作の面々に関することを把握するためにも、予習と復習は必要なので、これから観る方は是非、前作を一度ご覧になってからの方が良いと思います。
私が本作で気に入った点は時代設定が現代であっても、現実の世界とは違う世界観で成り立っているところで、2000年代以降のSF作品が30年から100年以上先の未来を舞台にしていても、その世界観が現在と殆ど変わらず、90年代までのSF作品にあった“夢のような”世界が消え、暗い現在が反映されたところが色濃くなっているのがスタンダードになっている状況下で、“エイリアンの技術を解明して、応用した事で戦争終了から20年で月面や土星に基地を持ち、常備できる武器が光線銃”というのは異色で、現実離れしていますが、今から20年前を振り返った上で、そこからの20年後を考えると、その頃には「車が空を飛んでいる」とか「火星や木星で生活できる」、「手頃な値段で宇宙旅行」、「光線が戦場等で飛び交っている」といった想像を一度はしていた筈で、本作の世界は、技術を手にしたからこそ可能となった想像を具現化したもので、かなり夢のあるものだと思います。他の大作では“技術はあっても、それを役立てた場合に、それがキッカケで新たな脅威に繋がる”といった理由から、役立てずに話を展開させるものも多いので、技術を役立てて、次に備えるというのは、作品としての第一作からの新鮮さを失わせることに繋がりかねませんが、そこに踏み込んだ事が非常に面白く、この大胆さを気に入っています。
前作は音楽も素晴らしく、劇場を出る前に売店でデイヴィッド・アーノルドによるサントラCDを買い、ヘビロテするほど聴き、今も好きなスコアなので、今回は「前作のテーマ曲は使われるのだろうか?」とか「エイリアンによる攻撃シーンの音楽はどれぐらい発展するか」といった感じで気になっていました。エメリッヒ作品には『デイ・アフター・トゥモロー(2004年)』から参加しているハラルド・クローサーが手掛けていて、時代も経過しているせいか、前作ほどの派手さはありませんが、悪くなく、エンドロールでは前作のテーマ曲がアレンジ無しで使われ、終盤では前作オープニングで使われていた『1969 We came in peace』の冒頭部分が流れ、それも巧い具合に流れるので、それだけで鳥肌が立つぐらい興奮し、グッとくるものがありました。これらの曲を再使用した監督たちの英断が最高だと思っています。
興行的、内容的に今一つに終わった本作ですが、前作同様にコミカルなシーンが多かったり、前作では幼かったキャラクターが成長して、戦えるようになって出てきたりと見所は非常に多く(マイカ・モンロー扮するパトリシアのキャラが特に良い)、ウィル・スミスが不在でも、全く違和感無く楽しめました。本作の終わり方からは更なる続編がありそうですが、それがエメリッヒ監督の手で作られる事を願っています。