しあわせへのまわり道のレビュー・感想・評価
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人生も車も安全運転
NYで暮らす売れっ子書評家のウェンディ。
夫が浮気。夫は浮気相手の元へ。
車の免許を持っていないウェンディ。車の運転は夫に任せっきりだったので、離れて暮らす娘に会いに行けない。そこで免許を取る事に。
講師になったのは、インド人のダルワーン。
日本とアメリカの免許取得の違いにびっくり。
日本では教習所に通い、暫く所内での練習続けるが、いきなり路上練習…!? 事故ったらどうすんの…!?
作品自体はシンプルな物語と異文化交流とハートフルな作風で、心地よい。
何と言っても、ダルワーン。
昼は運転の講師、夜はタクシー運転手の掛け持ち。
敬虔なシク教徒。伝統を重んじ、真面目で堅物。
当初ウェンディはソリが合わず、何かと注意を受け、反発もしていたが…、言わずもながなの展開。
周りをよく見て。一ブロック先を予測して。落ち着いて。
私も道路交通の安全には特に気を付けなければいけない仕事してるので、身に染みる~。
あくまで運転の事なのだが、ダルワーンの言葉一つ一つが、人生への教訓のよう。
実質ウェンディ役パトリシア・クラークソンが主演だが、どうしてもベン・キングズレーが場をさらっちゃう。
勿論クラークソンも好演、ベテラン2人のやり取りもさすがのもの。
苛々しないで。集中して。
そう言うダルワーンだが、そうも言ってられない現状も。
人種差別。街を歩いているだけで。ウェンディがつい事故をした時、ウェンディにではなくダルワーンへ酷い言いよう。
一緒に暮らす甥はアメリカ国籍を持たず、移民局に連れていかれる。
ダルワーンとて“ガンジー”のような聖人君子ではない。不満や苛立ち募る。
ウェンディも悩める問題を抱えているのなら、ダルワーンもまた悩める問題を抱えているのだ。
故郷の妹からの紹介で、同じシク教徒の女性と結婚する事になったダルワーン。
が、相手はアメリカに来たばかりで何も分からず。言葉もよく分からず。ダルワーンは留守がちで、寂しさ募る。
コミュニケーションが上手く取れず、ダルワーンもストレス募る。
そんなダルワーンにとって、ウェンディとの交流が唯一の癒し。
仄かに意識し合う2人。が、ダルワーンは真面目な性格で、ウェンディも相手に悪いと、そこで踏み留まる。ヘンに中年ロマンス展開にならないのがいい。
新妻も周りに交流出来る人が出来て、少しずつ馴染んでくる。
ダルワーンも反省し、妻と向き合う。
晴れて免許を取ったウェンディは、娘に会いに車を走らせる。
人生も車も安全運転。
明日への快適なドライブ。
赤い車を一緒に買いに行って、一人でドライヴするウェンディ。爽やか。
教官のダルワーン・シン・トゥール(キングズレー)は昼間の教習所からタクシー運転手という忙しさ。夫婦の痴話げんかも当たり前のように聞き流し、実直に仕事をこなしていく。その痴話げんかの本人ウェンディ(クラークソン)に忘れ物を届けたことで、彼女が興味を持った。
寄り道してクイーンズまで教習したとき、帰り道で嵐になった。ウェンディが急ブレーキをかけて追突された。日本とは違ってぶつかった方が100パーセント悪くなるんじゃないみたい。ちょっと驚き。
ダルワーンは結婚目的でインドから来た初対面の女性にプレゼント。見合い結婚に対して懐疑的なウェンディだったが、知らなかった異文化に戸惑いを隠せない。そのままダルワーンは新婚生活を始めた。ウェンディも妹の紹介で紳士と出会い、その晩に久しぶり?のセックスを楽しんだ。
ダルワーンの新婚生活もギクシャクしていたが、生理用品がなくなりスーパーに出かけたため友達も出来て、うまくいくようになった。ウェンディも試験に一度は落ちたものの合格。娘のターシャ(グレイス・カマー:メリル・ストリープの娘)を乗せる目的もなくなったが・・・
【ほぼ備忘録】
文化の違い
最後が少し悲しいな。結婚しないのかなと思ったけど、「はじまりのうた」のような最後の展開。全体的に飽きずに楽しめた。何よりもジャケットが素敵。あとターバンを取るシーンが繰り返されていてとてもよかった。ドキドキした。タイトルから、説教くさい映画かと思ったけど全然そんなことはなかった。
惜しい。。
「しあわせへのまわり道」見ました。事前情報として、ベンキングスレーがインド人役と、免許教習の話という情報のみでした。結論から言うと、まぁまぁ良かったです。と言うか、ほとんど良かったけど、思い返すと納得できない部分が多かった。
まずこの映画、ベンキングスレーにインド人をやらせる時点でフザケてるのかなと思いました。ガンジーへのオマージュなのか?で、その半笑いのテンションで見ていくと、以外にも描写が丁寧だし、感情の流れが分かりやすくて良かった。が、インド人と車の運転という2つの大きな設定にした意味が全く活かされていない。車の運転を通じて主人公が成長するわけではなく、単なるキングスレーと主人公が車に乗ってるだけにしか思えない。その両者の恋愛模様的な匂いも最後にあるんだけど、それもかなーり中途半端。端的に言うと、キングスレーと主人公がなぜ成長したのかの理屈が抜けています(成長したのかも不明ではあるが)。
総じて、”心の交流”を推してる割にそこは薄っぺらいです。見るべき点は「木曜日はあいてる?射精するよ」のやり取りの面白さのみ。あと、主人公の可愛さは熟女好きには堪らんと思いますわ、はい。
最近小規模洋画多いですよね。「靴職人と魔法のミシン」や「しあわせはどこにある」、又は「シェフ 三つ星フードトラックはじめました」なんかも似てるかも。この手の作品を密かに輸入するのはいいことだと思います。今作は個人的にイマイチだったけど、テレビコマーシャルも流れないのが不思議と思う良作が多いです。娯楽の入り口としてのビッグバジェット作品は悪くないけど、ジョニーデップやトムクルーズだけがハリウッドじゃないというのを、もっとたくさんの人に知ってほしいです。なので今作のような映画をもっと宣伝してほしいと切に願います。
Learning to Drive (ついでに人生も)
シンプルな原題がとても良い小品です。
京都では9/11で上映終了らしいです。
早すぎるわー。
シネコンでもこういう単館系をやってくれるのはありがたいけど、2週間は短すぎ!そんなにみじかいならさぁ、もっと予定立て易いようにさぁ、一ヶ月分くらい上映スケジュール決めようよ…!
時間が合わなくて困るんよねー。
と、まずは愚痴から失礼しました。
ウェンディは夫に捨てられます。かわいそうだけど、多少自業自得なのか?
夫に頼りきっていた運転ができるように、しぶしぶ車の免許を取ろうとします。
ダルワーンはインドから政治亡命しているシーク教徒です。シーク教徒はインド系でイスラム系とは無関係なのに、ターバンとヒゲのせいかアラブ系とか言われたり、オサマ(ビンラディンのことか?)とか罵られたりすることもあるんですね。
ダルワーンはちゃんと市民権持ってるけど甥やその他の同胞には不法滞在も多いみたいです。がさ入れされて連行されたりしてました。せつない。
そして故郷の妹の勧める女性と一度も会わずに結婚することになります。
異文化のエッセンスのさじ加減がいいなと思いました。ちょっとだけど風味のある塩梅で差し込まれていてとても好ましい描き方です。
ウェンディとダルワーンのプライベートと、ダルワーン先生に生徒ウェンディが運転を習う場面が交互に進んでいくシンプルな構成です。
ウェンディと妹の率直な下ネタ、なかなかいいです。
若くない人の閨の事柄に興味津々ですので、楽しかったです。
銀行員さんの喘ぎ方が下品で笑えます。
ダルワーンは大学教員だったのに、投獄されて亡命したようです。ターバンとヒゲを維持すると、仕事が選びにくいようでタクシードライバー兼運転指導員をしているようです。
シーク教徒がインドで迫害されてたなんて知りませんでした。ヒンズー教徒といいバランスで共存してるとばかり。私は無知ですね。
車校に行かずにいきなり公道走るんですね、アメリカ…スパルタ過ぎるわ。怖いったらありゃしない。
有責配偶者から申し入れた離婚なのに、がっちり財産分与されちゃうんですね…なんかそれが切なかった。
ジャスリーンとの噛み合わない新婚生活のもやもやも、双方の気持ちがわからなくもない。
そら出かけっぱなしの夫にいい気しませんよ。そんで教養ないとかもっと街に出ろとか言われてもねぇ。
まぁテレビで覚えたのがスペイン語なのは私にもわかっちゃったから、んー、あんまりアレかもだけど。
でも友達もできたみたいだし(生理用ナプキンやったらそら自分で外に出なあかんわ、ないす説得力)、最後にはダルワーンが少し歩み寄ってくれたし、これからたのしくなるといいね。
ウェンディとダルワーンは、なんだか徐々に気が合いました。ダルワーンは仕事以外でも会いたいといいました。でも、ウェンディは誠実な人として生きて欲しいと言って2人は別れました。
少しせつないけれど、大人の誠実な選択に拍手を心の中で送りました。
運転指導のポエムも良かったです。
元は田舎者なので運転免許は持っていますが、かれこれ4年はペーパードライバー。
久しぶりに運転したくなりましたが、できるんだろうか…
わりと得意だったんだけどなぁ…
皺皺になる前に。
デキる女ほど身近な人に喪失感を与えているのかもしれない。
夫との外食中に突然別れを切り出された主人公ウェンディには
耐えがたい屈辱だったんだろう、タクシーの中で号泣している
姿にこちらまで胸が痛くなったが、後に夫との会話の中で君は
僕じゃなくパソコンばかり見ていたじゃないか。という一言に
そりゃ浮気した女のもとに走る夫はサイテーだが、全く眼中に
置かれていなかった夫の気持ちを慮ると寂しかったんだろうと
気が付くのだ。人生の荒波や破綻は突然降っては湧いてくるが、
そんなところで尻ごみしていたらあっという間に10年は過ぎる。
女は立ち直りも早い。皺皺になる前にさっさと歩きださねば。
タレントのYOUみたいな顔立ちのP・クラークソンは相変わらず
身軽で可愛い。捨てられてワーワー泣いたと思えば、悪たれを
ついて愚痴って憤慨して、中年の極み下ネタも堂々と言い放つ。
こんなピョンピョンした女に、重鎮でございますキングズレー
氏のターバンが(これまたピンクで)色鮮やかに洗礼をかます。
どう見ても男女の関係にはならんだろう^^;的な二人の距離が
街中を運転する過程で解けていって、同志的な友情が芽生える。
監督自身がそうだったようだが、こういう時傍で支えてくれる
人というのは有り難い存在だと思う。一つの選択肢として運転
免許を取得し娘の元へドライブするという目標を掲げ、真摯に
取り組むところは女性には共感度大のはず。そしてその姿勢は
政治亡命してきたシク教徒タクシー運転手ダルワーンが抱える
問題(籠りがちな妻)への対処法にも繋がってくる。結局のところ
お互いをよく見て常に思い遣っていこうねというストレートな
行動に尽きるのだが、夫婦になるとこれを毎日は難しいもの^^;
女性は、あー分かる分かる。男性は、へーそうなんだ。お互いに
こんなことで相手は喜ぶのかとそんな勉強になる人生運転物語。
(私もペーパー(師匠じゃなくて)ドライバーの端くれ。運転は恐怖)
方向の味見
夫の浮気により別居中のウェンディと、インドから政治亡命をしニューヨークでタクシー運転手をしながら運転の教官をしているダルワーン。
ウェンディはダルワーンから運転を習う事となるが、いざとなると「夫が乗せてくれるわ」と逃げだそうとするが、ダルワーンは落ち着いた声で言った「私も母がしてくれるからと料理を覚えなかったが、離れて暮らす今は料理をしている」と、そして、運転を料理に例えてこんな事も言う「動き方に迷えば少し動かし、方向の味見をするのだ」と。
二人の実生活に変化が次々と起きながらも、運転教習は続き、二人の心の距離も近くなり、ダルワーンの誘いにウェンディは答える「ひとつ問題があなたは誠実な人よ。私の希望」なんて素敵な場面なのだろう・・・。
そして、この作品にはもう一人重要な人物がいる、インドからの花嫁だ。彼女には本当に幸せになって欲しい。
『運転を習うことは生き方を学ぶこと』なるほど。良くできてる!
はぁ(ため息)
本作も邦題がでしゃばってくる感が酷いですね。
映画と観客の間に割り込んで、お節介にテーマを教えてくれちゃう感。
それは観客に気付かせるところ!
夫が浮気相手へ走ってしまい離婚した、主人公のウェンディ(パトリシア・クラークソン)。実は、あることでむっちゃ困ってるんです。
「足がない!」
ウェンディは、車の免許を持ってないんです。
考えた結果、インド人のタクシー運転手ダルワーン(ベン・キングズレー)に、運転を習うことにします。これ、米ニューヨーカー誌に掲載された、エッセイの映画化のようですね。実話です。
NYでタクシーに乗ると、ほぼ外国人で言葉が通じない。なんてジョークをよく聞きますが、本作のダルーワンは違います。
真面目で堅物で道路交通法に厳しい、凄くきっちりしています。かたやウエンディは人気の書評家でありながら、穏やかでとってもフェミニンでゆったーり。
この堅さと柔らかさの2人の掛け合いは、知的でユーモラス。絶妙です。
ダルーワンは言います。
「運転を習うことは生き方を学ぶこと」だと。
こうしてダルーワンは、ウエンディの人生のナビにもなるわけですよ!
運転と人生を重ねた、よくできた作品。派手さはないけど、凄く愛らしい小品。
パトリシア・クラークソンって、本当に素敵。大好き。
ベン・キングズレーも渋い。圧倒的な存在感。でもベン71歳。パトリシア55歳なのに、同世代を演じていて、違和感なし!凄い!
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