劇場公開日 2016年4月23日

山河ノスタルジア : 映画評論・批評

2016年4月12日更新

2016年4月23日よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー

現代人が忘れかけた義や情、やさしい気持ちが鮮やかに奮えている

カンヌの公式ページでジャ・ジャンクー監督最新作「山河ノスタルジア」記者会見の模様を覗くと、監督と結婚した理由は――などと私的な質問に妻でミューズのチャオ・タオが頬を染め、やわらかに微笑む姿があった。傍らの監督もまた静謐な印象を裏切る笑みで応えていた。そこに満ちていたやさしい気持。最新作はそんな親密な心の景色を率直に差し出してジャ・ジャンクー映画の新たな始まりを思わせる。

山西省汾陽を離れ北京で映画を学び世界に飛び立った20世紀後半以来、輝かしいキャリアの歩みと裏腹に故郷の母のことを真に顧みなかった。新作を語るいくつものインタビューで監督はそう繰り返す。母には折にふれ金を送っていた。が、父が逝ってひとりで暮らす彼女の寂しさに真に耳を傾ける機会をもたなかった。その母がある日、故郷の実家の鍵をくれた。いつでも帰る場所があるのだと――。今年46歳になる監督は、歳を重ねて母の心に漸く気づけたと続ける。ヒロインが離れて暮らす息子に鍵を預ける挿話として実母の記憶が活かされた最新作の核にはまさに現代人が忘れかけた義や情といったもの、やさしい気持ちが鮮やかに奮えている。

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1999年、2014年、そして2025年。3つの時代を背景にした映画は新世紀の幕開けと共に驚異的な変化をくぐり抜ける中国の社会をにらみつつもまずは人の物語を語ろうとする。ペット・ショップ・ボーイズの「GO WEST」に乗り生の息吹に溢れて踊る青年たち。国も人も屈託のない活気に満ちていた99年、踊りの中心にいたヒロインが26年後、取り戻せない若さを、希望を、明るい未来を惜しんでひとり踊る。離婚した夫の下、上海で育った息子は“GO WEST”=西欧化の道を突き進む新興富裕層の鏡然と「マミー」などと母を呼ぶ。方言で話せと叱る母はしかし、開かれた可能性を哀しくみつめて養育権を手放す。別れの鈍行列車の中、母と子はイヤホンの端と端を各々の耳に射し込みひとつの歌を分かち合う。その歌をオーストラリアの荒涼とした未来に移民として暮らす息子が耳にして母を思う心に目覚めていく。英語で育った彼には父と話せる共通の言葉がない。それが世代の断絶を象る風景であるよりは、日常の切実な現実であるのだと映画は描き、失われたものの重さを思わせる。舞う雪の下、99年のダンスを独りなぞる母の姿に託されたもの。雪を融かす心の春が待たれている。

川口敦子

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