ふたつの名前を持つ少年のレビュー・感想・評価
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すごく、真面目、過酷、きれい
興味ない•••4•好き/並••••5すごい
無••••5社会派/大衆•4•••カルト
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俺の満足度 80点
作品賞ノミネート可能性 90%
すごく、真面目。
すごく、苛酷。
すごく、きれい。
無茶苦茶に聞こえるかもしれないが、率直な感じ。助かるとはいえ、少年にはひどすぎる経験を疑似体験するのに、見終わった感じにわずかだけれど清涼感が漂うのは、素晴らしい自然描写の中で、あまりに少年が雄々しいからか。映画中では、勇敢と言われていたが、自分が感じたのは、雄々しいという言葉。
誰もが観た方がいい映画。
108分だが、重たいから、長く感じるよ。大切だから。主人公が出会う人たちを見て、自分がどう生きるか考えよう!
社会的な道徳観が映画の倫理観を殺す
冒頭で父が主人公の少年に託した「名前も父も母のことも忘れてもいいからユダヤ人であることを忘れるな」という言葉。
まだ右も左も分からない子供に民族の誇りや宗教を押し付けるのは親のエゴではないかと感じた。
その後、親と別れて一人キリスト教徒になりすまし、ナチス親衛隊から逃れながら、いろんな大人に助けられたり裏切られたりしながら生きていく。
悪い大人にも会ったがたくさんの良い大人にも助けられた。
束の間の幸せを手に入れたりもしたが、それはユダヤ人であることを隠せたからだ。
ユダヤ人として生まれたことを相当恨んだであろうに、最後に少年に迫られた決断を選んだのは民族の誇りからだったのだろうか、それとも父への思いからだったのか。
このような経験を二度としたくない思いでイスラエルという国家を作り上げたシオニストたち。
しかし今度は同じような苦しみをパレスチナ人たちにさせている。
映画の最後にそんなやるせなさを感じた。
こうしたホロコーストを扱った作品はどうも嘘つきユダヤ人がどれだけ傲慢でいやらしい民族かを理解した上で見ると全く感動できないのだが、あくまでも″フィクション″としてなら涙腺に響くものがあった。
ただの″感動作″という括りに入れるだけなら間違いなくオススメできる映画、それが『ふたつの名前を持つ少年』
まぁまぁ
ユダヤ人の戦争の話はひどい話が多くていつも見るのが辛い。
恥ずかしい話ですが、私はユダヤ人をどう見分けていたか、この映画で初めて知りました。
ユダヤ人や孤児を助けてくれる暖かい人がいたこと、独りで全てを決断し生きた少年がいた事に心打たれます。
人は心の扉を開けることはできるのか
少年は只管走る。
スルリックという自分とユレクというもう一人の自分との間を。
人は心の扉を閉ざす時、そのものの名を問う。それが誰であるのかを。
しかし、扉を開き招き入れる時、それが誰であるのか名前は不要だ。
人は、なぜ名前に固執するのか。なぜ名前を問おうとするのか。
そんなことを私たちに考えさせる。
割礼、知らなければ調べてみよう。
良作には間違いないんだけれど、いまいち印象に残り難い一本。
演出、子役の演技、枯草色が多い柔らかな画面など良い所は沢山あるのだけれど。
大きな山場も仕掛けもなく、淡々と終わってしまう。
忘れてはいけない、歴史的事実なのは絶対だが。
「歴史実話モノ」の弱味を見事に晒してしまった、と言えば良いだろうか。
しかしながら。
盛りに盛って泣かせれば良いのか、と言えばそうでもないし。
(日本の戦争モノはほぼこの手法を取っているし、ヒットはするけれど、事実がヒトゴトに変わるので)
かと言って事実をただ事実に則って描けば良いのか、と言えばそうでもないし。
(シン・レッドラインみたいな例外はあるが、メッセージが伝わり難いこと多々なので)
内容以上に、そのさじ加減の難しさを考えてしまった作品。
ラストシーン。生きてくれ、という父の願いがいたたまれなくてしょうがなくなる。
逃げろ、逃げろ、とにかく生きろ、生き延びろ。
そんな父の願いが、スルリックを勇気づける。
表情を巧みに使い分ける名演!って感心してたら、なるほど双子か。
1年ぐらい間を置いて感情をリセットして撮っているのかと思った。
それでも、双子の二人の白熱の名演は必見。
第二次大戦下のポーランドで生き延びたユダヤ人少年と、我が身を顧みず彼を助けた大人たちの物語。
最後、父とスルリックが別れたシーンでそんなことが起きてたなんて。それでも、生きようとしたスルリックの姿にただただ涙。
ストーリーをとやかくイジるスキなし。オススメ。
あ、邦題がナンセンスだね。原題「RUN BOY RUN」のほうが全然いい。映画のテーマがぼやける。
ゲットーを脱出した8才のユダヤ人少年が 、最後にお父さんに言われた...
ゲットーを脱出した8才のユダヤ人少年が
、最後にお父さんに言われた言葉通り、ユダヤ人の名前を捨ててポーランド人のふりをして、とにかく生き延びる。子供1人殺すためにそこまで探すかな、と思うくらい逃げなければならなかったりするけど、一目でユダヤ人とわかっても匿ってくれる人もいて、ほっこりするシーンも多かった。
少年役は北村一輝みたいに下瞼の黒いキリッとした子で、しかし子供同士で遊んでいる時とか、こんな顔だったかな?と思うほど無邪気な表情も。それもそのはず、実は双子が演じ分けてたらしい。
背後で父親が撃たれるのを聞きながら走って逃げるって、どんな気持ちかと想像すると…ハンカチ忘れたの後悔しました。
子供に罪はないことを理解してくれる大人もいた
残忍、惨殺なイメージが多いこの戦争で、宗教、人種をこえて救済という心をもった人達もいたんだと驚いた。こういう体験談を生々しいものではなく、今回のような万人が容易に鑑賞出来る形の映画化してほしいです。
神の問いかけ
ホロコースト・サバイバーのものはどうしても見てしまう。加えてこの作品はポーランドのパルチザンも関わりがあって、ユダヤ人のアイデンティティを守ることまでもがそれに重なる。とても重層したテーマ。でもそういう複雑な事柄をポーランド人ってみごとにまとめるよね。ほんとうに映画のためにあるような国だわ。
都合の悪い過去を生き延びろ!
ポーランドのユダヤ人少年が、ナチスの迫害から逃れ、たったひとりで戦禍を生き抜いた、という実話を基にしたお話です。
少年の名はスルリック。お父さんは街のパン屋さんでした。しかし、平和な暮らしも、ナチスドイツがポーランドに侵攻してきたことによって一変します。ナチはユダヤ人狩りをすすめてゆきます。住み慣れた家を追われ、ナチから逃げる一家。どうしても息子だけは生き残らせたいお父さんは、スルリックに、教え諭します。
「今日から名前を変えろ、何がいい?」
スルリックは、強い、いじめっ子の名前を言いました。それが「ユレク」でした。
「そうだ、お前は今日からユレクだ、いいな」
そしてお父さんはユレク少年に語り諭します。
「いいか? 父さんの名前も、母さんの名前も忘れていい。だけど、これだけは忘れるな、ユダヤ人であることは絶対に忘れるんじゃないぞ!」
この言葉はユレク少年が聞いた、お父さんの最後の言葉となります。
8歳の少年はたったひとり、森へ逃げ込みます。
もうすぐ冬がやってくる。幼い少年の命は、厳しい自然の中で耐えていけるのか? 食べ物もない、やがて吹雪が襲ってくる。寒さの中、彼は一軒の農家にたどり着きます。少年を救ってくれたのは、その家にひとりで住むヤンチック夫人。彼女は暖かいスープと寝床を与えてくれました。それだけではなく、彼女は8歳のユレクが、これからひとりで生きていけるよう、さまざまな知恵を授けてくれました。
やがてユレクは、ヤンチック夫人のもとを離れ、少しづつ森の中で生活する術を、体で覚えてゆきます。
時には近所の農家の前で「物乞い」をし、あるいはその農家で働いて食事をもらいます。
ユレク少年が学んだことは「一つの農家で長居をするな」ということでした。一つ所で暮らすよりも、放浪し続けることの方が、ユダヤ人だとバレない、ナチに見つかりにくい、のです。こういったことをわずか8歳の少年が体得してゆく、徐々に成長して行く姿を淡々と監督は描いてゆきます。
ユレク少年は、生き延びるためには嘘もつく、機転を効かせる、危険を察知する、そして働く。
どんどんたくましく、賢くなって行くユレク少年。
彼はやがて、大きな地主の家で、農作業の手伝いとして、住み込みで働き始めます。しかし、ある日、牛をつないだ歯車に手を挟まれる大怪我を負います。
街の病院へ担ぎ込まれるユレク。しかし、担当の外科医は、少年をユダヤ人だと見破ってしまいました。
「ユダヤ人に手術はしない」と外科医は冷たく言い放ちます。少年は治療も受けられぬまま、病院の廊下に放置されてしまうのですが……
本作で強く印象に残ったのは、ユレクとお父さんの別れ際のシーンでした。
お父さんがユレク少年に求めたことがあります。それはユダヤ人であること、ユダヤ教徒である「誇りと尊厳」をわすれないことです。
それほどまでに、ユダヤ人であることのアイデンティティは、強烈なものなのだ、と思い知らされるのです。
我々日本人は、よく無神論者であると言われます。ハロウィンやクリスマスを大騒ぎして楽しむかと思えば、大安吉日、友引、仏滅を意識します。また、占星術やタロットカードなど、あらゆる種類の占いは、もはやファッションの一部であり、人が亡くなると、お葬式には数珠を持ち、僧侶が読経を唱えます。
まるで都合の良い時に、都合の良い宗教行事をとっかえひっかえ利用している、実に無節操極まりない民族のようですが……
本作においては、(すくなくとも舞台となるポーランドにおいては)人間と神との関係を、改めて認識し直す必要があると感じさせられます。
人間などは、神の前では、実に取るに足らない存在であり、神は絶対的、全宇宙的なスケールでこの世を支配している。
だからユレク少年は、見ず知らずの農家で、物乞いをする時に「神を祝福する」言葉を唱えます。
物乞いをされた家の家主としても「神様を祝福する少年」を邪険に扱うわけにはいかなくなるのですね。
この辺り、自分の「ちっぽけな命」を生き延びさせるために、ユレク少年が神様を実にうまく「方便」として使う、そのしたたかさ。少年がひとりで生きてゆく、生き延びることの過酷さと「リアル」を感じます。
さて、このユレク少年。映画のHPを見ると、驚くべきことに、ペペ・ダンカート監督は、双子の子役を使って「ひとりの」ユレクという少年像を描きあげております。
オーディションには一年以上かけ、候補者700人から選び抜いた、という逸材の二人です。
また、ユレク少年の運命を左右するドイツ親衛隊(SS)将校。どこかでみたなぁ~、と思っていたら、ブラッド・ピット主演の「イングロリアス・バスターズ」やスピルバーグ監督の「戦火の馬」にも出演していた、ライナー・ボックというドイツ人俳優さんでした。
日本では戦後70年の節目、とされますが、ヨーロッパ、特にドイツやユダヤ民族にとっては、アウシュビッツに代表される「絶滅収容所解放70周年」の記念イヤーに当たるわけです。そういう年にこの作品が、日本でも公開されたことは、意義深いことだと思います。
本作はドイツ・フランスの合作映画。ドイツは徹底してナチズムの「忌まわしい過去」と向き合い続ける姿勢をとります。
日本では過去の戦争に関して「将来に渡って謝罪し続けること」を避けようという空気があります。一つ間違えばそれは、美しいとされる未来のために、臭い過去には蓋をしておこう、さらには、都合の悪い醜い過去は、いっそのこと書き換えてしまおう、という姿勢につながってゆくかもしれません。
ナチスによって都合の良いスケープゴートにされてしまったユダヤ民族。
本作は、そのなかで、奇跡的に生き延びた小さな命の記録です。
わずか8歳の少年が、戦争という極限状況のなか、機転を利かせながら、たくましく、したたかに生き延びた、というのは、神様がユレク少年に歴史の語り部という役割を背負わせた、のかもしれません。
走れ!走れ!
う〜ん、邦題の意味は物語の核心を突いているのですが、原題の意味(生きろ!)からは外れていると思います。初め邦題を見た時、スパイ作品かと思ってしまいました。
ユダヤ人少年へ手を差し伸べる人が以外に多いので、作品が悲惨な方向に100%傾かなかったのは良かったです。
氷山の一角
実話ということだが、生き延びたユダヤ人の内の氷山の一角なんだろう。それぞれにドラマがあり…。
ユダヤ人だからと言って理不尽な扱いを受けた事実と、一方で、それを快く思わず手をさしのべる人達がいたことも事実なんだろう。
それって、日本の太平洋戦争の時も同じではないだろうか?
驚くべきは、この映画はドイツとフランスの製作で、さすがに直接的なナチスの残虐行為は描いていなかったけど、明らかにナチス(ドイツ)に分がない状況を説明しているところではないか?
例えは良くないかも知れないが、日本で従軍慰安婦の映画を作るようなもので、それだけ客観視している(ある意味で他人事?)ことが、日本との大きな違いなのではなかろうか?と、映画とは関係ない感想を持った。
よい作品なんだけど・・・
ユダヤ人とポーランド人との違いは、男の場合あれの皮で分かるのだという。ポーランド人だと偽っていても、ユダヤ人である証拠をつかむためにズボンを脱がされることを強要されるシーンが所々あり、女性にとってこの映画を見るには複雑であろう。事実なのだろうけど、男の私でもちょっと興ざめする映画であった。いい作品なのに評価がもうひとつ上がらないのは、これのためであろうか。そういうところを全部でなくても、もう少し省いてくれたらな、と思った。
レビューの通り、抑制感が程よい
生き延びる。survivorとして、ユダヤ人のDNAを子孫に伝える。淡々と程よく抑制された映画でした。最後のあたりの、ユダヤ人の保護管が少年に真剣に話す場面、そして道は二つあり、どちらを選ぼうと君の自由だと言い所、あそこが良かった。
ユダヤ人の置かれた歴史的状況はよく分かりますが、だからと言ってパレスチナ人をガザを、虐殺してはいけない。己の欲せざる所、人に施すなかれ、なんですが、イスラエル兵はやられた事を同じ様に弱き立場の人にやってる。それを暗喩する場面も、必要。野火よりははるかに良かった。
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