「社会的な道徳観が映画の倫理観を殺す」ふたつの名前を持つ少年 ベチィさんの映画レビュー(感想・評価)
社会的な道徳観が映画の倫理観を殺す
冒頭で父が主人公の少年に託した「名前も父も母のことも忘れてもいいからユダヤ人であることを忘れるな」という言葉。
まだ右も左も分からない子供に民族の誇りや宗教を押し付けるのは親のエゴではないかと感じた。
その後、親と別れて一人キリスト教徒になりすまし、ナチス親衛隊から逃れながら、いろんな大人に助けられたり裏切られたりしながら生きていく。
悪い大人にも会ったがたくさんの良い大人にも助けられた。
束の間の幸せを手に入れたりもしたが、それはユダヤ人であることを隠せたからだ。
ユダヤ人として生まれたことを相当恨んだであろうに、最後に少年に迫られた決断を選んだのは民族の誇りからだったのだろうか、それとも父への思いからだったのか。
このような経験を二度としたくない思いでイスラエルという国家を作り上げたシオニストたち。
しかし今度は同じような苦しみをパレスチナ人たちにさせている。
映画の最後にそんなやるせなさを感じた。
こうしたホロコーストを扱った作品はどうも嘘つきユダヤ人がどれだけ傲慢でいやらしい民族かを理解した上で見ると全く感動できないのだが、あくまでも″フィクション″としてなら涙腺に響くものがあった。
ただの″感動作″という括りに入れるだけなら間違いなくオススメできる映画、それが『ふたつの名前を持つ少年』
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