SAINT LAURENT サンローランのレビュー・感想・評価
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イブ。彼がオートクチュール、神の。
ファッションものは大好きなのでレンタル。
僕の母が洋裁が好きで、スーツからドレス、コート、子供服まで家中彼女の手作りだった。
チャコ、メージャー、ボビン、指ぬき、裁ち鋏。生地選びから初めての試着と外出・・・
楽しい思い出がよみがえる「サン・ローラン」観賞だった。
"メヌエットを弾く僕のピアノのイメージ"は春の日差し色のワンピースと成り、夫の出張用にはココアのジャケツが生まれる。
-彼女は自分用の服は元より" 誰かのため"に衣類を作ることを楽しみにする人だった。
映画のイブも家族や友人のためにファブリックと遊ぶ頃もあっただろうに、(お母さんの着こなしに注文をつけたり、ミニチュアの着せ替え=オーガンジーのショール!=を並べる少年期のシーンも挿入されていたね)。
でも一線に立ってからは強迫観念にぼろぼろになりながらデザインを捻り出すイブ。あれは辛かったことだろう。
取り巻きは言う「服を売るのではない、イブ・サンローランを売るのだ」。
しかし当の本人は煙草と酒とドラッグまみれ。己が何をしているのか判らなくなっていたのでは?
《誰のための作品か》、
これね。これが欠落すると創作は窒息、破滅の道を進むのかもなぁ。
劇中、半端なく地味な女性顧客に男っぽいスーツを着せ、しょげる彼女に髪をおろさせ、光るネックレスとベルトで仕上げて彼女を歩かせる。あの時のイブの飛びっきり満足そうな表情。あのひとこまはやはり相手想ってこそ仕事は充実するのだという証を見せられた気がする。
ホントにあそこは良いシーンだった。
・・・だから思うんですよ、
イブったら!恋人ルイのためにスーツを作れば君は元気になれたのにー!!って。
でも、
デザイン画が大量に上がってきた工房で
「スーツのデザインが一作もない・・・」とスタッフは呟く。
心贈るべき相手を失った女物ばかりのショーは、豪華絢爛に見えて僕には喪失感いっぱいに見えたな。
( その頃ルイはイブを想いながらテディベアを繕っていたのに・・・ )。
僕?
誰かのためにミシンに向かう一時は心が踊りますね。
フィアンセにワンピースを縫った。朝もやの向こうに野の花が霞んで咲いているような生地でした。シフォンですね。まだ手の届かない彼女への想い。
結婚式は麻とシルクの混紡のクレープ生地で、オフホワイトのドレスを二人で手作り。新宿のオカダヤで発見した奇跡の一反でした。
別れたけど ・・・ w
指の血の
赤きを見つめ針運ぶ
いい映画でした。
いいじゃん
今は"サンローランパリ"
辟易
イマイチなサンローラン
イブ・サンローランの映画は、ドキュメンタリーも含め、数本見ているが、今作品はゲイを最も強調されている。
サンローランの洋服はどれもとても美しく、天才だったことは間違いない。
商業化が進んだ現在、このような人物が出てくる可能性は?
イヴ役の役者さんが良い。
サンローラン役の役者さんの色気&エロスがやばい!中性的で登場シーンから既に色っぽいんだもの。
そして眼鏡男子好きとしてはもうたまらん。お洒落眼鏡ながら目が悪いからかけてる生粋の眼鏡男子(寝るときに外したりかけたりしてるシーン有り)という点もすばらしい。
そしてさすがイヴの衣装がいちいちお洒落で素敵だった。何あのお洒落な蝶ネクタイ。超かわいい。
ただストーリーとしてはなんだか冗長な感じが否めない。フランス映画だから(偏見)?そしてやっぱり詩的な言葉で愛を語らずにはいられないのね(更なる偏見)。
アパレル業界になじみがないとあまり聞き慣れない「オートクチュール」や「プレタポルテ」やらの単語が飛び交うし、時系列が交錯しまくるし、愛称で名前を出されると誰が誰だかわかんなくなってくるし、途中から若干ついていけなかった。笑
そしてムジークがドラッグ食べて痙攣してるシーンとかはトラウマの域(動物愛護団体が見たら怒りそう。。)。
全体として退廃的なんだけどイヴが音楽好きなのもあって作中に様々なジャンルの音楽が登場したのは良かった(飼い犬の名前もムジークだったし)。
R-15ってことで性的なシーンがあるのかなと予感はしてたけど斜め上をいってた。男性の全裸・性器モザイク(しかも上品なモザイク)はびっくりしたな。笑
「服を売りたいのではなくサンローランを売りたいのだ」って言葉が印象的だった。
色々書いたけど総括するとサンローラン役の役者さんがかなりすてきだったのでよしとする。
富と美と若さ
両脇に美女を抱えた若き貴公子が、富と美と若さに飽きて、破滅的な享楽に墜ちていくさまを描いた映画です。が、私はビジネスとしても成功したサンローランしか知りませんでしたが、この映画はサンローラン本人が老醜を気にするまで成功し神格化されたYSLブランドの実態、つまり光と影を暴いてくれました。話が断片的に前後する辺りちょっと『FOUJITA』に似て、スノッブな感じがするかも知れません。でも藤田嗣治も4回結婚してましたし、サンローランも最愛の恋人(♂)に『魂と肉体は別々』とか言って乱交してた辺り一般ピーポーを軽く引き離してますからスノッブなのはむしろ当然ですよ。何よりも映像は美しいですね。長時間楽しかったです。
男と薬と音楽の映画。あと服
天才がスランプに陥った時の衝撃というのはこういう事なのか。
薬に男。男と薬。プログレな音楽と美しい情景を見せながらも、夢か現実かわからない日々を見せてくれる。
とにかく音楽と絵の作りは最高に良い。
そしてサンローランさんの表情もなかなかイっちゃっていてヤバい感じプンプンです。それでも彼はこれから復活するというのだからやはりそこも天才なんですね。
総じてこれは上品なドラッグムービーと言えるかもしれません。
ギャスパーがサンローランそのも!
ギャスパーすごいよっ!
このポイントの大方を
ギャスパー・ウリエル
あなたにあげます!
堕ちるべくして堕ちてゆく
そのデカタンスが
彼の目!その目から
溢れ漂い出てるようでした。
大詰めのコレクション開催場面。
流麗で優雅です!
モンドリアンの絵画のような画面分割が
サイケな時代を演出してます。
退廃的ムードの中に輝く美しさは
例えばクリムトの絵のような…。
…これはちょっと誇大だな…
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2015.12.17 TOHOシネマズシャンテにて再度鑑賞。
初回時よりも心震えるものがあって
☆半分プラスポイント
老醜を晒すヘルムート・バーガーに
まだ50代半ばのサンローランを演じさせ
バーガーの若く美しい頃の作品との対比はあるは
死の匂いさえ漂わすカットはあるは…
これがこの映画の退廃的ムードを
一層顕著にさせてる気がして
ひたすらやるせない気持ちになりました。
そんなカットの数々が
豪華絢爛なコレクションのシーンに
挟み込まれるというコントラストが
「天才」の影を際だたせていて
胸がざわつきました。
今回もギャスパー礼讃は変わりません!
機会があれば、も一回観たいな…
退屈だ。
当たり前だ。
僕はファッションにも、イヴ・サンローラン氏にも興味がない。
興味のわかない分野だから、どんな世界が広がってるのだろうと観にいった。
…逆に興味があって観に来た人はどんな感想を持つのだろうか?
物語は、ご自身にスポットライトを。
華々しい話しかと思いきや、非常に矮小な1人の人間の話しだった。
酒とドラッグと、女ではなく男。
ファッション業界にはよくあるタイプの人物像だ…男同士でディープキスとか勘弁してほしい。
劇中に「ピル」っていう和訳があった。名称は分かりやすく「ピル」にしたのかなとも思うが、同じような効能で服用できるものが、あんな時代から認可されてたんだと驚いた。
それは、さて置き。
流石にファッションの話しだけあって画面に散らばる色使いが非常に心地よかった。
コントラストとでもいうのだろうか…見やすかった。ああいう世界の中で生きてきた人なのだ。そして、それは彼の偉業をどことなく表現しているようにも思えた。
そして、イヴ・サンローランの服はとても攻撃的なのにエレガントだった。
挑戦的な色や柄なのに優雅さと品格を感じる。着こなしてる事自体、大したものだと思ってしまう。
なのだか……。
そんな彼の人物像をここまで赤裸々に映像化した事は果たした是なのだろうか?
物語の7割はファッションの話しじゃない。
彼の性生活の話しである…それもかなりディープな。一体誰が得をするのやら、甚だ疑問だ。
その描写も記述もふんだんに用意されてる。
そんなわけで…とあるゲイの話しだった。
つまらなく、退屈で冗長な映画
あまりにも長い2時間半で、体感的には6時間ぐらい映画館にいるような感覚を持った。
サンローランの伝記的な内容を期待して見に行くとかなりの失望感を味わえる。かといって、エンターテイメント性を求めて行くとそういったものは何もないということに気がつく。
サンローランは冒頭からファッション界で成功していてなぜ「モードの帝王」と呼ばれるに至ったかは全く描かれていない。そして、成功した後に創作に苦しみ時代を作っていったプロセスがあるわけでもない。劇中のサンローランは常に創作活動をしていてアイディアが枯渇していく描写は一切なく、デザインが仕上がらない時は常に単に私生活が荒れているだけなのである。芸術家の苦悩という点でもこの映画は失敗している。
この映画にあるのは、酒、ドラッグ、ゲイのセックス、タバコ、タバコ、とにかくタバコだけである。
とにかくこの映画は焦点が絞りきれていない。
サンローランの周りの人間関係の描き方は淡泊でそれは生涯のパートナーであるピエールについても同様である。サンローランの周りには肉体関係はないものの(彼はゲイだからだ)、彼を献身的に支える優秀な女性が存在するが、彼女達がどのような気持ちで人格破綻者の天才に寄り添っているかはわからない。サンローランの情夫のジャックに至ってもただ快楽に溺れたセックスをしているだけで、そのことがサンローランの創作に及ぼした影響は一切ない。彼がいてもいなくてもサンローランはデッサンし続け、物語には何の影響もない。
また、この映画は時系列をバラバラにして物語が進んでいくが、このことによる演出効果も全くない。例えば、映画の後半になって序盤の意味のわからない場面がつながるという手法はよくあるものだが、この映画に限ってはどの場面も了解可能で、単純に時系列をバラバラにしただけであるため意味がない。監督は何をしたかったのか。
そして最後の1976年のコレクションのシーン。劇中ではサンローラン自身が唯一満足の行くコレクションであったと述べるコレクションであるが、そのシーンの爽快感は全くなく本当に淡々と進む。というかこの映画はファッション自体もそのデザインに至った経緯を全く描かないのでそこに感動はなく観ている側も「早く終わらないかな」という感想しかない。
この映画で良かったシーンは、サンローランが中絶をする女性スタッフに優しくした後に別のスタッフにその女性をクビにするように伝えるというシーンのみである。ここだけは、「女性の味方」と呼ばれていたサンローランが決して女性のためにデザインを行ったわけではなく自分の欲望の赴くままデザインを行っていたという解釈が見て取れて挑戦的で良かった。
また、役者の演技は全てよく、脚本さえ良ければ良い映画になっただろう。
無意味で平坦な出来事が映画の大半の時間を埋め尽くし、観ている人間は無の境地に行き着く。
成功しても心の空間が埋まらない天才サンローランと同じ気持になって劇場を後にしたい方にはオススメ。
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