劇場公開日 2015年10月16日

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「書き換えられない13分の「歴史」」ヒトラー暗殺、13分の誤算 ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5書き換えられない13分の「歴史」

2015年11月7日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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ヒトラー暗殺をひとりで企てた、ある若き職人のお話です。
本作を手がけたオリバー・ヒルシュピーゲル監督には「ヒトラー ~最後の12日間~」という秀作があります。
映画監督にとって「ヒトラー」という人類史上、類を見ない、最も有名な独裁者とその周辺は、誰しもが描いてみたい題材でしょう。
なによりヒルシュピーゲル監督にとっては、母国ドイツの「暗黒時代」「タブー」を描くわけです。
このあたり、歴史を冷静な目で淡々と見つめ、しかし、誰よりも情熱を持って「タブーである時代」を映画にする、その姿勢は評価されるべきです。
本作の舞台は戦前のドイツ。1920年代から第二次大戦末期までを描くものです。
主人公ゲオルク・エルザー(クリスティアン・フリーデル)は田舎町の出身。手に仕事をつけようと街に出て、時計職人の見習いになります。手先が器用な彼は、すぐに時計及び家具の職人として腕を上げて行きます。そんなとき、郷里から手紙が。酔っ払いの父親が、もう、手に負えなくなったらしいのです。そこで彼は職人道具を携えて里に戻ります。故郷に戻った彼は、人妻であるエルザと恋に落ちてしまいます。
時代はヒトラー率いるナチスが勢いをつけてきた頃。
ゲオルクの友人たちのなかに共産党員がいました。かれらはゲオルクの目の前でナチスに引きずり廻され、収容所送りになります。
ゲオルクは共産党員ではありませんでしたが、ヒトラーの強引すぎる政治に大きな危機感を抱えていました。
「このままではこの国はおかしくなる」
そんな折、1939年11月、ミュンヘンでヒトラーの演説会が開かれることを彼は知ります。会場に赴き、下見してみるゲオルク。
ヒトラーがそこに立つであろう演壇がすでにしつらえてあります。その後ろには柱があり、ナチスのシンボル、鉤十字の垂れ幕がかかっている。
ゲオルクはその柱を叩いてみました。どうやら空洞がある。
「これなら、いけるかもしれない」
彼は手に持った巻尺で、こっそり柱の寸法や奥行きを図り、メモしてゆきます。
やがて彼は、その器用な手先と時計職人のノウハウを生かして、一つの時限爆弾を作り上げました。
「あの男さえ吹き飛ばしてしまえば、この国は……。」
運命の11月8日、爆弾はゲオルクが仕掛けた時刻通りに爆発。
8人が死亡します。しかし、そのなかに、なぜかヒトラーだけはいなかったのです……。
本作は「ヒトラー ~最後の12日間~」に比べ、正直、一般受けはどうかな? という内容です。
というのも、ドイツが無謀な戦争に踏み込む、その直前の時期。まさに時代のエアポケットといいましょうか、戦争前夜の予備知識が必要だからです。
ひとりの平凡な職人を通してみた、ドイツの「歴史のスキマ」を、本作では丁寧に描いています。
1932年から1939年という7年間、ドイツにとっては、まさに大きな渦に飲み込まれるかのような時代でした。
僕は以前からヒトラーとその時代に興味があり、少しばかりの予備知識がありました。
本作で描かれるワイマール共和国末期、片田舎の日常風景。
それが僕にはもう、”ビンビン”響きました。これぞ、僕が見たかった戦争直前のドイツの姿。
ゲオルクが暮らす田舎の集落には、汽車も乗り合いバスもありません。さらには集落には車を持っている人が一人もいません。
ここが重要なんです。
実は、戦前のドイツ(1932年のデータ)で車を持っている人は、国民あたり約100人に1人程度でした。同じ時期、アメリカでは5人に1人は車を持っていました。
ドイツという国は、当時から工業技術は優れていたものの、車の普及という点では、大変な後進国でした。これ、意外に知られていない事実なのです。
また、世界恐慌の影響もあり、誰もが貧しかったのです。ヒトラーはそこに巧みにつけ込みました。
ヒトラーとナチス党が催したイベントでは、軽食が出され、ビールが飲み放題! さらには党主催の旅行企画や、音楽会、ダンス、映画の上映会など、娯楽でいっぱい。その上さらにヒトラーは、一般大衆の目の前に「美味しいニンジン」をぶら下げました。
「全ての家庭にラジオを!!」と安価なラジオを販売。
ラジオで全ての国民が、ナチスの息のかかった放送を身近に聞けるようになる。それはナチスのプロパガンダのため、とても重要なことでした。
そして、これでもか!とヒトラーが目玉商品(政策?!)としてブチ上げたのが、あの有名な国民車「フォルクスワーゲン」だったのです。
「労働者諸君!! 自分の車を運転したければ週に5マルク貯金せよ!」
ヒトラーの掛け声に、大衆はまさに熱狂しました。
働けば、暮らしが豊かになり、ラジオが持てて、その上、夢にまで見た「マイカー」が手に入る!!
こうして33万人の国民が、フォルクスワーゲンを買うために貯金を始めます。
ヒトラーが首相に就任した1933年以降、ドイツは目を見張るような復興を遂げて行きます。これは「ヒトラーの奇跡」とも呼ばれているようです。
さて、本作では湖畔で、ゲオルクを含む若者たち男女が、ギターを片手に歌を唄うシーンがあります。
その曲はあきらかにアメリカから入ってきた「ジャズ」なんですね。
何気ないようですが、これも実は極めて重要な視点なんです。
さすがヒルシュピーゲル監督、と僕は思いました。
ヒトラーとナチスは、「ドイツ文化」が「汚される」ことに極めて敏感でした。音楽においてもそうです。元々のルーツを黒人音楽にもつ「ジャズ」などは「退廃的である」と軽蔑していたのです。
それでも若者たちは、いわゆる「流行り物」「カッコイイ」音楽である、「ジャズ」に夢中になります。のちに彼らは「ジャズ青年」というレッテルを貼られ、ナチスの標的になります。好きな音楽を演奏したら収容所送り!! いかに異常な時代であったかがうかがい知れます。
さて、ヒトラーという人物に対しては、何度も暗殺計画があったことが知られています。実に不思議なことに、ヒトラー本人はなぜか「神懸かり」とでも言える嗅覚、直感をもって、この「危機一髪」を本能的に逃れています。
極度の緊張を強いられる、国家元首であり、独裁者、そして世界を相手に戦争を始めてしまったバイエルンの伝令兵、ヒトラー。
その研ぎ澄まされた感覚から、一種の霊感、第六感、のようなものを身につけていたのかもしれません。
本作の主人公、ゲオルクの精緻極まる時限爆弾は、正確に時を刻みます。しかし、なぜかこの時もヒトラーは、13分早く演説を切り上げたのです。間一髪この独裁者は難を逃れます。
ゲオルクの作り上げた時限爆弾は、彼のセットした時刻通りに爆発しました。それは歯車の集まりであり、機械式のカラクリでありました。
歴史に「たられば」はありえませんが、それでもゲオルクの作った機械仕掛けは、紛れもなく歴史を変えた可能性のある歯車だったのです。
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なお、参考、引用させていただいた文献は以下の通りです。
「魅惑する帝国ー政治の美学化とナチズム」田野大輔 著 名古屋大学出版会
「ナチズムとドイツ自動車工業」西牟田 祐二 著 有斐閣
「ヒトラー権力の本質」イアン カーショー 著 白水社

ユキト@アマミヤ