劇場公開日 2015年8月8日

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「喜八を越えようとはせず避けようとした結果」日本のいちばん長い日 鰐さんの映画レビュー(感想・評価)

2.5喜八を越えようとはせず避けようとした結果

2015年8月9日
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鑑賞方法:映画館

せぜこましいだけの淡白な映画になってしまった。
特に喜八版の「一日」の濃厚さを知っている身だと細部を欠いた緊迫感のない後半部に肩透かしを食ってしまう。
前半のセリフ回しやテンポの良さには惹きつけられただけになんとも残念。

喜八を避けた演出で割りを食ったのが阿南(役所)と畑中(松坂)。
喜八版では局所でメリハリある駆け引きを行っていた畑中が単なる思い切りの良いだけのサイコパスと化して、これでは「また国を想っての行動」(まあやり方が正しいかは別にして)というより家に帰りたくないとダダをこねるだけの幼児っぽい。監督はあえて彼への感情移入を排したようにすら思える。
阿南は喜八版よりマイホームパパとしての書き込み(娘の結婚式のエピソードや妻とのやりとりなど)や陸軍との調整苦労話が多くなり、ほとんど中間管理職のおっさんみたい。
この路線自体はいかにもモダナイズといった感じで悪くない。が、全体のプロットとして閣議で衝突するシーンがあまり描かれず、鈴木首相とも終始仲良しで、鈴木との「敵味方を超えた友情」をむしろ感じ取りにくくなってる。
そのせいで鈴木にお別れを告げるシーンの感動も薄い。
せっかく阿南の書き込みを増やすのなら、陸軍を四苦八苦で押さえつける物分かりのいい調整役としてのシーンだけではなく、閣議の場ではあくまでも陸軍の代表として徹底抗戦をつっぱり、海軍と激烈にいがみ合う面も削るより、むしろより深く描くべきではなかったか。
というか、奥さんが東京へ出てくるくだり、いるか?

セリフ回し以外の脚本には不満ばかりだけれど、キャスティングはすばらしい。
本木雅弘はかぎりなく昭和天皇っぽく見える(本物そのものに見えないのは仕方ないというか、彼でなくても無理)し、阿南もキャラの方向にマッチして三船とはまた別の意味で良い。
山崎の鈴木貫太郎はいかにも食えない老爺といった演技で、清廉な笠智衆よりハマっている。
松坂もさすがに黒沢年雄を凌駕する機会を与えられず仕舞いだったものの、一本気な性格がよく顔に出ていた。
群像劇よりメインキャラのドラマを重視したせいで影の薄くなったサブキャラも多多見受けられたけれども、いずれも一定の存在感を示していたように思う。

リメイクとはいえ単体の作品なので、あんまり比較するのもどうかと思う。けれど、好きな子に好きと勘付かれないためにあえて視線を外そう頑張っている中学生男子みたいな自意識がほとばっしているので、逆に観てるこっちも喜八版を意識せざるを得ない作品になってしまった(監督は喜八版嫌いらしいけれど、わざわざ公言するところもまた)。
市川版『野火』に対する塚本版の自然体のように、もう少し、喜八版に対して素直に作っていれば良作になっていたのではないか。いささか惜しい気がする。

鰐