ヴィヴィアン・マイヤーを探してのレビュー・感想・評価
全24件中、21~24件目を表示
「エキセントリックな」写真家の人生
だからこそ、人を引き付けるような視点を彼女はもっていたのでしょう。(日本での展示会もやってくれたらなと密かに思っているのですが。。)
この映画の主役はもちろんヴィヴィアン・マイヤー本人ですが、個人的には彼女の作品を発見し、世に送り出したプロデューサーのJohn Maloof。彼も評価したいです。
ネガ・フィルムをプリントしてblogに載せるまではできても、ここまでたどり着くには相当の時間と労力が必要だったと思うので。
ドラマのような人生
映画は大量のネガを手に入れたところから始まり、作品がが世に出るまでの経緯、専門家、関係者へのインタビューで彼女の人となりを探るドキュメンタリー。
まるでタイミングを計ったかのように、没後ようやく作品が人の手によって世に出たり、こうした映画が発表されたり…。生前発表されていれば大きな成功を収めただろうに。。。まぁそれも含めてヴィヴィアン・マイヤーらしいのかな?と感じた。
写真家としての才能があり、あれだけ沢山の作品の中で、人間のなんとも言えない表情や感情を撮っていながら、ベビーシッターを生業とし、コミュニケーション能力に乏しい偏屈な人物…そのギャップに、よりヴィヴィアン・マイヤーがどんな人物だったのか興味が湧き、引き込まれる。
ネガの発見者であり、本作の監督であるジョン・マルーフの探究心と行動力にも頭が下がる。
結局は食いものにしているわけだな
制作者のヴィヴィアン・マイヤーへのリスペクトが全く感じられない悲しい映画。
胡散臭いと思いながら聴いていた写真家のインタビューこそが愛情にあふれていて、世に出ることがなかった写真家の本当の理解者のような気がした。
発掘した写真をアートとして見せてくれないこの素人監督に憤りを感じる。死人に口なし、発掘者の自由自在なのか!?彼女の血縁者がいないことをいいことに、好き勝手に故人のストーリーをねつ造しているとしか思えない。
確かに、ヴィヴィアン・マイヤーの写真は人を惹きつける何かを感じる。だからもっともっと写真そのものに焦点を当ててくれといったイライラが終始つきまとった。
まぁ、ゴッホなども死んでから他の者に利益をもたらしたわけだから、人間というものは逞しくてずる賢いものだと理解しました。
不思議な幸福感に包まれる
大量に撮り貯めたネガ。おそらく本人には(その芸術的な)価値が分かっていながらも、どうする事も出来ないでいたと思われる。
専門家曰く。
「最後の(どうしたら良いかの)一押しが分からなかったのだろう」
その為に彼女の作品は、生涯世に出る事が無かったはずだったのだが…。
映画は謎に満ちた彼女の生涯を追い掛ける為に、彼女を知る人物達にインタビューする。観客にはそれらのインタビューによって彼女の人となりを知る事になる。
人によっては“変な人“。別の人から見ると“愉快な人“。
フランス人だ!、嫌違う!のやり取りを交互に編集するなど、本当に「どんな人だったのだろう?」と興味が沸いて来る。
思わぬ出逢いから彼女は一躍有名人へと変貌するのだが、本質的にはやはり【偏屈な人】であり、とにかく【収集癖】の烈しい人。
嫌!物を捨てられ無い人…と言った方が適切か。
物が捨てられ無いのは、何だか今の自分を見てるかのようだ(鬱)
友人もおらず(インタビュー等から)男性には嫌悪感を抱き、結婚もせずに生涯独身だったヴィヴィアン。
その最期は哀しい生涯幕の閉じ方だったのだが…。
何故だろう映画を観終わった後のこの幸福感は。
(2015年10月10日/シアター・イメージフォーラム/シアター2)
全24件中、21~24件目を表示